昨今さまざまな企業が、従業員とのエンゲージメントを高めることを重視し始めています。高いエンゲージメントによってもたらされるメリットの一つとして「従業員の主体性」がありますが、そもそも主体性とは何か、どうすれば主体性を身につけられるのか、組織内で主体性を生み出すにはどうすれば良いのでしょうか。

今回、玉川大学脳科学研究所教授で、内発的動機づけや価値観の変化など、「人間の主体性」を支える脳機能を研究されている松元健二教授に、主体性と組織の関係性や、やる気との違いなどについて、詳しくお話をうかがいました。


Profile

松元 健二 Kenji Matsumoto
玉川大学脳科学研究所 教授

1996年京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。理化学研究所基礎科学特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター・スタッフ研究員、カリフォルニア工科大学神経科学訪問研究員などを経て、2011年より玉川大学脳科学研究所・教授。専門は認知神経科学。目標指向行動や内発的動機づけ、社会性の神経基盤に関する原著論文多数。『図解でわかる 14歳から知る人類の脳科学、その現在と未来』(太田出版)を監修、『ビジュアル版 脳と心と身体の図鑑』(柊風舎)を監訳。主な所属学会は日本神経科学学会、北米神経科学会、AAASなど。


主体性とは何か、どうすれば身につくのか

─ まず「主体性」の定義について教えてください。

松元 健二さん(以下、敬称略):学術的な定義はありませんが、「自分の自由な意志に基づいて、外界を思ったように変えようとして行動するとともに、その結果に対して責任を負おうとする態度、またはそのような個人の性質」のことであると私は考えています。主体性について考えるには、「自ら選択する自由があり、かつ選択後もそれを考え直せる、そして選択肢以外からでも自分で選択できる環境」が必要だと考えています。

左右2つのボタンを用意し、自分にとってより価値の高いものを得られるボタンを選んで押す実験をしたとします。例えば左のボタンを押すとチョコレートがもらえ、右のボタンを押すと200円がもらえるとします。チョコレートと200円を比較し、どちらが自分にとって価値があるかを考えて選ぶわけです。

「最初はチョコレートが欲しいと思ったけど、よく考えたら自分でも買える。だったらお金がいい」と考え直す。あるいは、お金でもチョコレートでもなく、自分で用意した別のボタンを押して時間をもらって、別のことをしたいと考える。このように自在に考えられることが、主体的に生きるうえでは重要なのではないかと考えているのです。

─ 先生の考える「主体性」を身につけるのは難しいのでしょうか。

松元:個人レベルはともかく、社会レベルだと難しいかもしれません。他人から評価されることをやっておいたほうが個人にとって得だとしても、それが組織全体にとって重要なことであるとは限りません。自分が正しいと考えたことを主張する際には主体性が重要になりますが、社会や他人との関係性の中で、自分の考えを主張することは簡単ではないですよね。

─ 組織内で常識とされていることに異を唱えることや、与えられた選択肢以外の選択ができる人材は減っているように感じます。主体性が生まれる/失われるメカニズムは、どのようなものですか?

松元:なかなか難しいですね……。まず本人が「主体性が大事」と思っていなければ、主体性は生まれてこないと思います。そうでなければ、簡単に周りに流されてしまいますから。

─ 組織の中で「主体性」を持っていることが評価される場合、本人の意思に関わらず「主体性を持ったほうが良い」という空気になっていると思いますが……。

松元:それって「その組織に期待された主体性」であって、本当の意味で主体性かどうかは疑問です。評価に反映させれば「見かけ上の主体性」は生まれると思いますが、それは「高い評価を得る」という外発的な動機づけに基づいて、その行動を取っているだけです。その組織にとって「都合の良い主体性」を持った人は評価されるでしょうけれど、「都合の悪い主体性」を持っていたら、組織から弾かれることにもなりかねませんよね。「都合の悪い主体性」を持っている人も抱え込むくらいの包容力を持つ組織でない限り、本当の主体性は生まれにくいように思います。

組織内で主体性を持つ人を増やすために何が必要か

─ 昨今、企業においてイノベーションの創出が求められています。包容力のある組織では、主体性は生まれやすいのですか?

松元:繰り返しになりますが、まず本人が「主体的でありたい」と思うことが必要です。そのうえで、自分の価値観に照らし、何が重要なのかを考え、その価値観に従って行動する──そうなれば「主体性がある」と言えるのではないでしょうか。その行動が、組織にとって都合悪く見えたとしても、それを包み込む包容力のある組織でなければ、個人の主体性は潰されてしまうでしょう。個人が、組織の中でうまくいくことを重視するなら、組織に適応し、主体的でないほうが良いこともあるわけです。

さらに言えば、主体的であることイコール独創的であるとは限りません。ですので、必ずしも主体性がイノベーションにつながるわけではないと思います。しかし、主体性がなければイノベーションを起こす発想は生まれにくいということはあるはずですので、イノベーションを起こせない個人も含め、社員の主体性を守るという組織の文化を育てることが大事なのではないかと思います。

─ さまざまな会社が従業員とのエンゲージメントを高めるべく、組織サーベイなどを実施しています。主体性そのものもデータ的に可視化することはできるのでしょうか。

松元:主体的な行動に共通する何らかパターンをうまく抽出できれば、可能でしょう。ただし、「モニターされている感覚」がその人の主体性にどのような影響を及ぼすかについて、考慮する必要があります。

主体的であるためには、内発的に動機づけられている必要がありますが、「やらされている感」があると、内発的動機づけは落ちます。さらにそれが評価に関わってくる場合、先ほど述べた通り「あたかも主体的に行動しているように行動する」人も出てくるはずです。

その評価が給与に反映されるとなれば、内発的ではなく外発的な動機づけに基づいて適応的な行動を取っていることになりますよね。それはもはや、主体性があるとは言えません。モニタリング、管理はできるでしょうが、個々の社員に主体性を発揮させるために、その仕組みをどうやったら使えるか、慎重に考えなければなりません。

─ では、組織において主体性を持った人を増やすには、どうすれば良いのでしょうか。

松元:科学的な見地に基づいているわけではなく、あくまで私個人の考えですが、まず本人が本当にその組織を発展させたいと思えるかどうかが重要だと思います。

「この上司/組織のために何かしてあげたい」と思えるかどうか。心の底からそう思えれば、その上司や組織にとって良いことを、自ら主体的にやりたいと思う可能性は高い。そう思えるためには、互いに尊重・尊敬し合えるような関係性を築いておくことが非常に重要です。

─ 本質的に主体性を持った人であれば、会社の常識に反した発言をすることもあるはずです。しかしそこには、関係性の問題から、心理的なハードルもあるように思います。そのハードルをどう乗り越えれば良いのでしょうか。

松元:これは想像でしかありませんが、経営者はむしろそういう意見を求めているのではと思います。ただ、中間層にいる人たちは自己保身から「本当に言っても大丈夫か」と疑念を持っているのが現実に近いイメージではないでしょうか。

中間管理職にあたる人たちが、経営者と同じ気持ちで、部下を導いたり、やりたいことをやらせたりできるのかにかかっているのだと思います。上長に許可を得なければできない関係性であれば、中間管理職の人たちは、なかなか自身の判断でOKを出しにくいですよね。逆に言えば、現場に裁量権があれば、主体性は生まれやすいと思います。

主体性とやる気はどう違うのか

─ そもそも、「主体性」と「やる気」は別物なのでしょうか。

松元:関係はあると思いますが、別物だと考えています。やる気は「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」に分けることができます。主体性に関係が深いのは内発的動機づけのほうですが、「内発的動機づけ=主体性」とは言えません。

あくまで私個人の考えですが、内発的動機づけは、自分が楽しければそれでいいので、自分の中で完結できますが、主体性は内発的動機づけを持ったうえで、外界への目的意識的な働きかけが必要です。

例えば、ある人が読書が好きでよく本を読んでいるとします。これは内発的動機づけにあたります。内発的動機づけに基づいて本を読んでいるけど、その人が主体的かどうかを考えると、そういう感じはしません。

「外界をこう変えたい」というような目的に基づいて、外界に働きかける、ということが主体性には必要なのだと思います。外界のどんな変化に価値を置くのかは人によって異なります。さらに、その価値自体も「この価値が良いと思っていたけど、よく考えたらこちらが良い」と自在に変えることができる。あるいは、もともと全く価値を置いていなかったことに対して、「ここにも価値がある」と見出せる。そして変えるための行動を起こすことができる──このようなことが主体性だと思うんです。

内発的動機づけにもそういう側面はあるんですが、それだけでは十分に表現できないというか。ときには他人とぶつかることになっても、自分の価値観を主張して、目的を達成していくことが主体性には必要ですから。

─ 外発的動機づけと内発的動機づけについて、もう少し教えてください。先生のインタビュー記事で、外的報酬を約束することによって、内発的動機づけを減衰させてしまうと知りました。

松元:アンダーマイニング効果のことですね。でもそれは人によって異なるんです。課題ごとに、もともと内発的動機づけを持っている人と、そうでない人がいます。その課題に内発的動機づけを持っている人は、外的報酬を設けることで内発的動機づけは落ちます。

しかし、もともと全くやる気がない人に対して、やる気を出させるために外発的動機づけを使うのは有効な場合があります。外発的であってもやる気を出してやってみたら意外と楽しかったとなれば、そこに内発的動機づけの芽が出てくることになります。

でも、外発的にやる気を引き上げたからといって、その後に内発的動機づけが必ずしも生まれるとは限りません。外的報酬によって行動を促す場合は、相手はその外的報酬が欲しくて行動するわけですから、それが無くなったらやる気は落ちてしまうのが、むしろ普通です。

つまり、もともと内発的動機づけがある人は、外的報酬を設けることで内発的動機づけが減衰してしまいますが、内発的動機づけを全く持っていない人は、外的報酬によって内発的動機づけの芽が少し出てくるかもしれない。したがって、どれだけその“人”をモニタリングできるかが重要です。

私はよく学校の先生にお話する機会があるんですが、どういうときに外発的動機づけを使うのが良いのか、ダメなのか、一律の答えはありませんとお伝えしています。生徒たちに勉強させようとする際、その生徒が内発的動機づけを持って勉強しているのか、そうでないのか、先生が個別に見ていくしかないですよ、と。個別にモニタリングしたうえで、内発的動機づけを潰さないようにすることが大事なんです。

─ 生徒と同様、社員も個別に見ていく必要があるわけですね。社員に内発的動機づけがあるかどうか、どのように判断すれば良いのでしょうか。

松元:そうですね、何もしなくて良いときに、その行動をどれだけやるかをチェックするといいと思います。学生であれば、自習時間に勉強するかどうかで、勉強に対して内発的動機づけがあるかどうか分かります。ただ、会社で何もしなくてよい時間を設けるのは少し難しいかもしれませんね。それに、今はみんなスマホを持っているので、休憩時間でもスマホを見てしまう人は多そうですから、何か工夫しないといけないでしょうね。

目標指向行動と習慣行動

─ オフィスにカフェスペースを設けても、休憩せず仕事している人もたくさんいます。彼らは仕事に対して内発的動機づけを持っているということなのでしょうか?

松元:その可能性はもちろんありますが、結論は保留にしたほうが良いですね。単に習慣でやっている可能性もありますから。評価に結びつかなくても、習慣が形成されたら「この時間に仕事をしないと落ち着かない」みたいなことは起きます。

ニューロサイエンスの世界では、目標志向行動と習慣行動を分けて考えます。どのように行動すればいいか分からないとき、得たい結果を想像して、その結果を実際に引き起こしそうな行動を起こします。これが目標志向行動です。

必ずしも期待通りの結果を引き起こせないわけですが、いろいろ試すうちに、「こうやったらうまくいく」と分かりますよね。それを何度も繰り返しているうちに、その行動は習慣化していきます。そうなると、結果が出るか否かに関係なく「その状況になったらこう動く」という習慣が形成されるんです。これが習慣行動です。

私は習慣行動を主体的だとは見なしていません。一旦習慣化しても、「これで本当に良いのか」「もっと別のやり方があるのでは」と考えることが主体性につながると考えているんです。

ある時期に主体的に行動している人でも、習慣が形成されることで主体性は失われます。もちろん企業の成長のためには習慣行動も必要ですが、いつでも主体性を引き出せるような仕組みも必要なのではないでしょうか。

─ 今後さまざまな脳のメカニズムが明らかになっていけば、将来的に外部からの働きかけで主体性を生み出すことは可能になると思いますか?

松元:いずれはできるようになると思いますよ。ただ、倫理的な問題が残ります。例えば、対象者の脳に電極を当てて電流を流した結果、その対象者が主体的になったとして、それははたして、倫理的にアリなのか? という問題です。もっと極端な例を挙げると、犯罪者の脳に電極を当てて刺激することで犯罪をしなくなったとして、それを社会が認めるのかどうか。

─ 技術的には可能でも、それを実用化するかは本当に難しそうですね。

松元:そうですね。例えば、人間は誰しもconformity、他人に同調する傾向を本能的に持っていますが、それは主体性とはむしろ逆ですよね。何らか適応的な意味があるから同調するのだと思いますが、脳に刺激を与えることで、その同調が起こらないようにするくらいなら、現在でもできるかもしれません。でも脳に何らかの刺激、手術をしてまで、主体的な人を作ることを望むかどうか。それに主体的に働きすぎて、身体を壊してしまうリスクが高くなる、といった問題もあるかと思います。

─ 逆に主体性も人間の本能というか、誰しもが必ず持っているものなのでしょうか。

松元:どうでしょうね。もしかしたら遺伝的な素因が大きな影響を与えているのかもしれないし、学習による部分も大きいかと思います。脳の前頭前野は、先を見通して自分の行動を決めたり、自分の行動を価値づけたりする場所で、人間はその前頭前野が非常に発達しています。自分の行動を自在に価値づけることは、主体性の非常に重要な側面ですから、少なくとも他の動物と比べて、相対的に高い主体性を人間は持っていると言えるのではないかと思います。

─ 現在はどのような研究を進めているんですか?

松元:存分に話したいところなんですが、企業秘密のことがほとんどで……。端的に言うと「創造性」の神経基盤を研究しています。まだちゃんとしたデータが出ておらず、結論的なことは何も言えませんが、最初にお話しした「選択肢以外のオプションを創り出す」ことも創造性の基礎だと考えています。それがどのように発達するのかを研究しています。思春期における創造性の発達、あるいは創造性の発達を阻害する要因を考えたい。その、社会性や脳との関係を特に調べていきたいと考えています。

働く個人と企業のエンゲージメントを高めることで主体性は生まれる

主体性が発揮できているか否かは、結局のところ1人ひとりを見ていく必要がある。しかも、内発的動機づけを潰さないように──松元先生のお話を伺って、個人が組織内で主体性を発揮できる環境をつくる難しさを改めて感じました。

先生のお話にあった「この上司/組織のために何かしてあげたいと思えるかどうか」は、従業員エンゲージメントを高めることで実現できます。社員の「やる気」をいかに引き出し、主体性を発揮できる環境をつくるか。実現することで強い組織が生まれ、それが企業のブランドにもプラスに働くはずです。難しいけれど、実現できた先の組織像にワクワクしました。(編集部)