興味本位だって構わない。「育休、最高じゃん!」という姿勢が、社内や世の中を巻き込んでいくーー電通 コピーライター 魚返洋平さん

text by Tomoko Hatano
photo by Takuya Sakawaki

「電通で男性社員が育休をとる」ーーこう聞いて、その情景をすんなりイメージできる人は一体どれくらいいるでしょうか。

「社内承認はスムーズに通るのだろうか」「不在の間、タスクはどうやってふり分けるのだろう?」どんな企業でも想像しうるハードルが、なぜか電通という日本をリードする超大企業、しかも広告会社という現場においては、なおさら高いものに感じられてしまう……。

そんななか、2017年7月から2018年1月半ばまで、約半年間もの育児休業を取得したのは、クリエイティブ局に所属しコピーライターとして活躍する魚返洋平さん。

会社組織にとっても、働く個人との関係性(≒エンプロイー・リレーションズ)がますます重要になってきています。なかでも「育休」をはじめとする制度設計や社内カルチャーの醸成は無視できない課題のひとつ。

魚返さん曰く、「電通で育休、いけるな!」という確信が最初からあったそうです。そこにはどんな背景と社内外の関係構築があったのでしょうか。

ウェブ電通報での育休コラム「男コピーライター、育休をとる。」も話題になった魚返さんに、育休を通して変化した仕事観から、取得に必要なインターナル・コミュニケーションの肝に至るまで、じっくりお話を伺いました。

 


Profile
魚返 洋平さん  Yohei Ugaeri

株式会社電通 CDC コピーライター

1981年生まれ。早稲田大学卒業後、2003年電通に入社。業種・媒体を問わず、各種コミュニケーションの言葉を中心に考える仕事。近年は地方自治体なども担当。TCC新人賞、AdFest銀賞(フィルム部門)、ACC CMフェスティバル・クラフト賞(ラジオ部門)など受賞。「ウェブ電通報」での連載は、2019年1月に著書『男コピーライター、育休をとる。』として書籍化(大和書房より刊行)の予定。得技は作詞。


育休にまつわる気分を、「旅情」のように書きたかった

— 魚返さんがウェブ電通報で連載されていた「男コピーライター、育休をとる。」内容もさることながらその表現力に感動しました。

魚返さん(以下、敬称略):そう言ってもらえると嬉しいです。さらさらっと読めるものにしようと意識してはいたんですが、書いている側としては、全然さらさらっとはいかないものですね。普段の仕事だとボディコピーが長くても400文字程度だけど、このコラムでは毎回4,500文字とか書いていたので……。どこまで粘れるか、毎回自分との勝負でした。

— そもそも、どんなきっかけで育休コラムを書こうと思われたのでしょうか。社会に対して、あるいは社内に対して「啓蒙していきたい」みたいな?

魚返:そこまでは考えていなかったですね。ある種の備忘録というか、ある程度ちゃんとした覚書のようなものを残しておこうと思ったんです。

漫画家とかイラストレーターなんかが、コミカルに描いた育児日記はたくさんあるじゃないですか。あるいは、サラリーマンが福利厚生的な切り口で書いた記事のようなものもある。でも僕はどちらかというと、“紀行文”みたいなものを目指したかったんです。

— 紀行文……。たとえばどういうことでしょうか。

魚返:育児とか育休に関するお役立ち情報って、ネットを検索するとあちこちにあふれていて、それを拾い読みすれば、ガイドブック的なアドバイスはいくらでも得られると思うんです。

そもそもガイドブックっていうのは、旅先でのリスクをできるだけ少なくするための手助けなんですよね。そこには「旅情」とか、「ここに行ってみたい」という思いを喚起させるものは意外と書かれていない。そういう感覚ってどこから得られるかというと、映画に出てきた風景とか、友達から聞いた話とかなんですよ。僕はどちらかというと、そっちの“気分”を、育休に関して得たいなと思ったんです。でもどこにもなかったので、自分で書くことにしました。

— なるほど。そのプラットフォームとして「ウェブ電通報」が選ばれたわけですが、コラムの執筆にあたって、社内の空気の変化などを感じられたことはありますか?

魚返:今電通は「働き方改革」を行っているんです。たとえば、月に1日、平日に社員みんなで同時に休みを取れるようにしたり、月に最大5日まで在宅勤務ができるようにしたり。かなり多くの具体的な施策を通して、会社全体が変革の時期を迎えています。

そういう風潮だからこそ、僕のコラムがウェブ電通報というオフィシャルな場所で載せさせてもらえたのかな、ということはあります。たとえば社員のなかに、『本当は育休を取りたいけれど言い出せない』という人たちがいたら、彼らが何らかの行動を取れるような環境、関係づくりの一助になったんじゃないか、ということは感じていますね。復職後には、「自分も育休を取ることを検討しているんだけど、助言がほしい」とメールをもらうようにもなりました。

育児に理解のない上司の説教には、誰も耳を傾けない時代

— 実際に魚返さんが「育休を取りたい」と会社に伝えたとき、周りの反応はどんな感じだったのですか?

魚返:実は伝える前から、「これはいけるな」と感じていたんです。そして実際上司の反応も「おっ、いいじゃん。取りなよ!」という感じだったので、全然苦労しませんでしたね。

— 電通でいかに働き方改革が進んでいたとはいえ、それは結構意外です……!

魚返:電通という会社は、メディアで一面的な報道をされることが多いので、「さぞや育休なんて取りにくい企業なんだろう」と思われがちなんですけど、実際は全然そうじゃないんですよね。と言いますか、会社自体が大きすぎるので、いろいろな体質を持った小さな会社が共存しているような環境なんです。

そういう面では、育休が取りやすいかどうかも、部署それぞれの風土や体質次第というか。僕の所属するクリエーティブ局に関して言えば、最近注目されはじめている「男性の育休」に対して理解を示さないことは「ダサい」と思っている人が多いんです。

— クリエイティブを仕事にしているからには、みたいな。ちょっとポーズ的な部分もありつつ?

魚返:そうですね。本当に心から理解を示している人がどれだけいるかは、正直僕もわからないですけど。でもそんな環境だからこそ、「育休? めっちゃいいと思うよ!」みたいな空気で、ストレスなく申請することができた。もちろん、自分の裁量で仕事をある程度振り分けられる年次になったから言い出しやすいということもあるけれど、もしもっと早い段階だったとしても、僕は育休を取っていたと思います。

— ポーズとか雰囲気っていうものも、実は大事だったりしますよね。例えファッションだとしても、「育休、いいじゃん」っていう姿勢を見せる。

魚返:大事ですね。最近では家族をすごく大切にしている人が好かれます。一緒に働いていても、家族がいるのに大事にしていない人って、信用されなくないですか?家族のために、頑張って仕事を調整して休みを取ることが、むしろ褒められるような時代になってきていると思うんです。

こんなにもSNS全盛の時代だし、子どもの写真をボンボンアップして、「私はこんな風に家族と仲良くしています」ってアピールすることが当たり前になっている。僕自身は(家族の個人情報に慎重なタイプなので)しない主義ですけど、それは自然な流れだと感じます。

「イクメン」という言葉が、チャラいとかダサいというのは僕も思うんですけど、
男性の育児参加という文化が根づいていく途中段階としては、必要悪かもと割り切っています。「興味本位で育休を取得する」というスタンスについては、全然構わないとも思っているんです。

— その複雑な心境、わかる気がします。ちょっと前まではもっとシンプルで、「奥さんが怒るので今日は飲み会遠慮します」っていう男性社員に対して「お前、何嫁の尻に敷かれてんだよ」って怒る上司という図が当たり前だった。でもそれはもう完全に昭和の世界観になっている。

魚返:僕は今37歳なんですけど、平成と昭和、両方から仕事を見ている最後の世代みたいな感覚を持っているんです。まだ僕のなかには「昭和のオヤジ」的なメンタリティが残っているし、それが絶滅してしまうのは寂しいとも思っている(笑)。でも周りを見ていると、どんどん世代の新陳代謝は起こっていますね。

ウェブ電通報で僕の育休コラムの第1回目が出た直後に、「ぜひ話を聞かせてください」と最初にコンタクトを取ってきたのは大学生だったんです。大学のゼミで男性の家事・育児参加を専門に研究している学生たちで。今の若い世代は本当に嗅覚が鋭くなっているな、と改めて感心しましたね。

得たものは“母親目線”、失ったのは“ハングリー精神”

— 実際に育休を取得したことで変化した、魚返さんの肌感覚について教えてください。仕事からいざ離れてみて、どんな感覚になりましたか?

魚返:僕はもともと家族を大切にするタイプだったんですけど、育休を取ったことで、「家族か仕事か」っていう二者択一で悩むという感覚がなくなりました。

たとえば、仕事で案件を3つ抱えていたけど、4つ目の案件に「育児」が加わったような感覚です。案件を同時並行でいくつも進めている時って、その時々で優先度が入れ替わっていきますよね。それと同じで、ある仕事を育児より後回しにする日もあれば、育児を妻に頼る日もある。「子どもが発熱して病院に連れて行かきゃならないので、急遽打ち合わせを休ませてください」とか、反対に「今どうしても粘りたい仕事があるので、お風呂と寝かしつけはお願い」みたいな。

— 仕事と家族が、ある意味対等なものになったと。コピーライターというお仕事に限って言うと、何か変化はありましたか?

魚返:やっぱり“母親目線”、“女性目線”というものが前よりもリアルに感じられるようになったので、コピーライターとしての仕事の幅とか守備範囲が単純に広がったと感じています。なんとなくですが(笑)。育休を取ったからといって、「いますぐいいコピーが書けるぜ!」というわけではないんですけど、「前と比べたら一味違うぞ」っていう根拠のない自信がある。気のせいかもしれないけど、書ける“気がする”のとしないのってすごく大きな違いで、実際仕事をする上でのモチベーションにはつながってきていますね。

— ネガティブな質問になってしまうかもしれませんが、育休を取ったことで失ってしまったと感じることはありますか?

魚返:そうですね……。本音のところまで降りていくと、多分「ハングリー精神」みたいなものが、以前よりは失われたような気がします。以前は「あれもこれもやってみよう、あらゆる仕事をチャンスだと思おう」みたいな意識が強かった。そういう「量」的な部分でのハングリー精神が、最近ではなくなったな、と。その代わり、仕事の「質」に対しては、むしろ以前よりシビアになったとも思います。

— なるほど……。とはいえ、大きなライフイベントを経験すると、どうしても働き方への意識って変えざるを得ない気がします。それこそ女性だったら、出産などを機に、できることとできないことが出てくるし。

魚返:「やりたくても絶対にできないこと」っていうのが出てきますからね。でも運命ってそんなもので、「際限なくあれもこれもやってやろう」という精神状況って、時に人を追い込むんですよ。

— 「なんでもやってやろう」と気負いすぎると、反対に自分の方向性を見失ったりしますよね。

魚返:そうそう。だから制約ができたことで、「自分が何をすべきか」「その仕事は本当にやりたいことか」という判断が、以前より明確にできるようになった気もしています。そうやって制限をつくることで、歳をとって振り返った時に「俺、働き盛りの40歳前後、あんまり働いてなかったな……」って思うかもしれないけど(笑)、その代わりに子どもと一緒にいられたから十分じゃないか、ともきっと思えるんだろうな、って。本当に切ないくらいに、家族と過ごした時間って忘れていくから。後になって「もっと子どもと一緒に食卓を囲みたかった、旅行に行きたかった」と後悔しても、もう戻れないですからね。

理解への鍵は、育休を取った結果どれだけの価値を生めるのか

— そのようなメッセージは、実際に育休を取ることについて悩んでいる方の励みになると思います。育休を取ることに対して、どこかで不安を感じている人はたくさんいるはずなので。

魚返:とはいえ、僕も育休から戻った直後は仕事があんまりなくて、ちょっと焦りましたけどね。鳴り物入りで復帰したわけでもなかったから、すぐにドバッと仕事が戻ってきたわけではなく。5か月くらい経った時点で「さすがにこれは、納品しなさすぎでは……?」と不安になりました(笑)

本当にソフトランディングという感じで、ちょっとずつ、ちょっとずつ仕事が増えていくという感覚を味わいましたね。でも、それはそれでよかった。子供がいる生活を勉強し、体験しながら、じゃあ仕事はいつ、どれくらい、どういうやり方でできるのか?っていうのを手探りしながらできたので。そこまでシリアスにならずにやっていけている気はしています。

— それくらい、気持ちに余裕を持てたら理想的ですね。

魚返:さっきも言ったように育児による「量」的な制約ってどうしても大きいので、限られた条件のなかでベストを尽くしたり、制約を味方につけて中身をより濃いものにしたり、っていう表現を目指すようになったんですよね、自然と。

でもそういうスタンスで仕事をしていると、自然と自分のキャラクターが立ってくる。「魚返くんだからこそ、これをやって欲しい」とか、「魚返くんだからこの案件の本質をわかってくれるだろう」っていう風に、いつしか自分にしかできない仕事になって戻ってくると思うんです。

— お話を聞いていると、育休を周りに理解してもらいたい人にとっては「キャラクターの可愛さ」みたいなものが、結構重要なんじゃないかという気がしてきました。

魚返:それは職場の風土とか本人に対する評価とか、いろいろな要素が絡んでくる話なので、セオリーはないと思うんです。けれどもし言葉で説得できるんだったら、自分が育休を取ることで会社にどのようなメリットがもたらされるのかを、時にずるく、時にあざとく、根回ししつつ周囲にアピールすることが大事だと思います。

キャラクターという側面では、「こういうキャラクターだったら育休が取りやすい」という法則はなくて、上司や同僚、後輩との関係構築と、そこにおけるその人のキャラクターが、どれだけ仕事上必要だと感じてもらえるかっていうことに尽きるかなと思います。なんとか育休取得までは至ったけど、いざ帰ってきた時に思い描いていたものとは別の世界が待っていて、仕事を辞めてしまう…なんていうケースも聞きますから。そうなってしまうのは悲しいですよね。

魚返さんの会社やチームと築く関係が、また誰かの勇気に

「僕、日本の未来にそんなに興味も希望もなかったんですよ。でも子どもが生まれて、自分の続編がこの先“To be continued”していくと思うと、日本はヤバイ方に向かっているけど、だからこそ未来に希望を探さなくちゃ、と最近思えるんですよね」目を細めながら、魚返さんは話してくれました。

出産当事者である女性でさえ、育児休業(決して“育児休暇”ではない!と魚返さんは主張されます)をとることには、多少の困難さや不安を覚えてしまうもの。そんななか、電通という大企業で育休を取得した魚返さんが語る「ノンストップでキャリアを積み上げることだけが、人生において重要なことではない」という実感は、私たちに多くの気づきと励みをもたらしてくれました。

まだまだ「万人が諸手を挙げて育休を応援してくれる」という環境や関係は整っていないかも知れない。それでも諦めずに、社内外においてコミュニケーションを取り続け、関係を構築していく。それは、育休後も続いていくキャリアや人生において大きな財産になるだろうと、強く実感させられたのでした。

2019年1月にはコラムの書籍化が決定しているそうです。魚返さんのご経験がエンプロイー・リレーションズのひとつの在り方として、またどこかでパパ・ママ社員の勇気になることでしょう。(編集部)

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