さまざまなショービジネスが隆盛する昨今。誰もが“推し”を見つけ、自分だけのアイドルを応援するようになりました。とはいえ、カルチャーそのものを愛し、そのカルチャーが「100年先まで継承されてほしい」と願うほどのファンを擁するのは、もしかすると宝塚歌劇団くらいかもしれません。

「個」が入れ替わってもそこに根付くカルチャーが継承され、ビジネスとして利益を出し続けている。そこには企業がカルチャーをつくり、ファンとの関係を構築していくためのヒントが隠されているのではないでしょうか。

今回はご自身も熱狂的なタカラヅカファンであり、そのカルチャーをこよなく愛する演劇ジャーナリストの中本千晶さんに、タカラヅカの魅力の源泉と、ファンとの関係性について伺いました。


Profile
中本 千晶さん Chiaki Nakamoto

演劇ジャーナリスト/早稲田大学講師

山口県周南市出身。株式会社リクルート勤務を経て独立。舞台芸術、とりわけ宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ社)。日経MJにて「中本千晶のレビューれびゅー」連載中。朝日新聞WEBRONZA「スターファイル」にて公演評やインタビュー記事を執筆。


ファンに共通するエネルギーの強さと継承への願い

ーそもそも、中本さんご自身がタカラヅカにはまったきっかけはなんだったのですか?

中本さん(以下、敬称略):小学校四年生の頃、叔母が連れて行ってくれたんです。その時に見た演目が「ベルサイユのばら」みたいなメジャーな作品ではなく、「あかねさす紫の花」というすごい大人のラブロマンスで。「なんだ、この世界は!?」って衝撃を受けて「この謎に満ちた世界をもっと知りたい」という欲求が生まれたんですよね。その気持ちが今でも薄れていないんです。

ー現在の中本さんから見て、同じようにタカラヅカにはまっているファンにはどんな特徴があると思われますか?

中本:とにかく「生きるエネルギー値が高い」。観劇っていう行為は、激戦をくぐり抜けてチケットを獲得するという意味で、すごく能動的なんです。そのためには時間を確保し、お金を稼ぐ必要がある。それを乗り越えるだけのパワーを持った人たちが、観劇を通してさらにパワフルになるという、訳のわからない好循環が起こっている。あとは「継承したい」という想いが強いと感じますね。

ー継承したい……。それは中本さんが叔母様からファンを引き継がれたような感じでしょうか?

中本:そうそう。娘が美人に生まれてほしいからイケメンと結婚して、とかまで考えちゃう人もいるくらい(笑)。ただそれってハードルが高すぎるから、せめて自分と同じように娘をタカラヅカファンにしたいって思うわけです。なんだかすごい話だと思うかもしれないけど、やっぱりタカラヅカはすごく素晴らしいものだから「ずっと続いてほしい」と願ってしまう。

「ベルサイユのばら」は、夢すぎず・現実的すぎない世界

ータカラヅカファンは作品を熱心に研究しているという印象があります。例えば「ベルサイユのばら」の舞台であるフランス革命について、知識が異常に豊富であったり。

中本:それはあるかもしれないですね。ちなみに、最近のタカラヅカファンにとってメジャーな“フランス革命”って、オスカルのいた時代じゃないんですよ。オスカルが死んだ後の恐怖政治の時代を舞台にした作品も増えていて、2017年にはついにロベスピエールが主人公の作品まで登場してしまった(笑)。

ートレンドが変わったんですね。なんとなくタカラヅカっぽさ=「ベルサイユのばら」というイメージがありましたが。

中本:ファンにとって「これはタカラヅカらしい」というふわっとしたイメージがあるんですけど、あえて明文化するなら「夢すぎず・現実的すぎず」がキーワードかなと。

ーなるほど、夢すぎてもいけない……。宝塚歌劇団としてもそのイメージを意識しているんでしょうか?

中本:難しいところですが、長い歴史の中で「タカラヅカらしさ」を模索するうちに見出したのが「史実を舞台にする」というパターンだったのでは、と思うんです。その代表作が「ベルサイユのばら」です。

フランスの宮廷とかハプスブルグ帝国って、舞台として華やか演出にしやすい反面、あの時代に生きた人たちをリアルに描くことで、ファンも共感を持って受け入れることができるんですよね。

100年の歴史で繰り返された「伝統と挑戦のせめぎ合い」

ー確かに、夢と現実がいい具合に混じり合う世界ですよね。ちなみに中本さんが最近観た中で、「これはタカラヅカの歴史を変えたな」と思わせる作品はありましたか?

中本:実は昨年、すごい作品が上演されたんですよ。「BADDY(バッディ)-悪党(ヤツ)は月からやって来る-」という作品なんですが、最近のタカラヅカの中では圧倒的に話題になりました。ファンの間でも、賛否両論、はっきり分かれたんです。

ーとても気になります。「タカラヅカらしくない」作品だったということでしょうか。

中本:すごくチャレンジングで、ギリギリを攻める作品だったことは確かです。未来の地球都市「TAKARAZUKA-CITY」を舞台に、月からやってきた悪党バッディが暴れまくるという破天荒なストーリーもさることながら、トップスターがあの象徴的な羽を背負って、くわえタバコにサングラス姿で登場するんです(笑)。

ー相当攻めていますね!

中本:若い世代を中心とした一部のファンからは、とても愛されました。それに「タカラヅカもどんどん新しいことに挑戦しないといけないよね」という姿勢も、ファンに歓迎されたと思います。

さっき「ベルサイユのばら」の世界観がある種の勝ちパターンとして定着したとお話しましたが、実はこのバッディが生んだような議論は、折に触れて起きてきたんです。宝塚の100年間の歴史は、いわば「伝統と挑戦のせめぎ合い」だったと言えますね。

ー過去にも、「バッディ」のような作品が存在してきたということですか?

中本:たとえば1968年初演の「ウエストサイド物語」も、タカラヅカにとってチャレンジだったんじゃないかな。あんな下町の不良少年たちのストーリーを、しかも当時はまだ日本では珍しかったミュージカルというものを、わざわざ女の子だけの世界でやらなくてもいいんじゃない? という意見が当時は多くあったらしいんですね。ちなみに、日本で最初に「ウエストサイド物語」を上演したのはタカラヅカなんですよ。

ー伝統を守りたい派の意見があった。

中本:それでもあえて発展のために挑戦した。その挑戦が、短いスパンではなくすごく先に効いてくることを、宝塚歌劇団は無意識のうちに知っていた気がするんです。そのための、いわば先行投資的な挑戦だったんではないでしょうか。

キャリア視点で捉える「専科」の存在価値

ー先行投資というビジネス的意味合いでいうと、宝塚歌劇団が5組(もともとは4組)で構成されていることも戦略のひとつなのかな、という気がします。

中本:確かに、収益を安定させつつ新しいことに挑戦するためには、複数の組があった方が安心感は担保されますよね。ある組が定番の人気作品をやってくれるから、別の組が「BADDY」みたいな作品でチャレンジできる。この組はトップが交代したばかりで今ちょっとうまく回っていないけど、ほかの組は安定している、という安定もキープできるし。

ただ、それを予測して複数の組をつくったといいうことはないと思いますよ。新たな劇場建設などで純粋に公演回数を増やしたいとなった時に、適宜組を増やしてきたということだと思います。

ーその結果、ビジネスとしてももうまく回っていくようになった、と。もう一つ興味深いのが、5組とは別に設けられた「専科」の存在です。団員のキャリアチェンジの選択肢を準備しておくことで、組織を円滑にまわしている存在というか。それは会社にも適用できる要素だと思うんですけど。

中本:専科の捉え方については、実は時代とともに変わってきているんです。最近の専科は、会社員に例えると「出世コースには乗らないけど、専門分野でのエキスパート」という意味合いが強いですね。わかりやすく言えば、作品を支える名脇役とか、安定感をもたらす老け役ができる人。どの組からもお呼びがかかるくらいの力量を持った人でなければ専科には入れない。

ーキャリアとしてすごくいいポジションですよね。スポーツの世界で例えるならコーチみたいな存在。第一線を張るわけじゃないから引退もないし。

中本:おっしゃる通りかもしれませんね。専科に求められるのは技術の継承だったり、仕事に対する姿勢を見せることだったりする。5つの事業すべてを知っているという意味でも、組織の中ではとても価値のある人材かもしれません。

タカラヅカはファンにとっての「インフラ」であり続ける

ーあらためて、タカラヅカがファンを熱狂させる要因はなんだと思われますか?

中本:やっぱり「清く正しく美しく」というのは重要なキーワードだと思います。どんなに舞台の端に立っていようと、「誰かが見てくれているかもしれない」という気持ちで全力で取り組む。約80人がそういう姿勢で舞台に立っているわけですから、発せられるエネルギーがとにかくすごいんです。その姿勢はもちろんスタッフにも浸透していて、一つひとつの小道具や衣装にもすごいこだわりが込められている。

ーそういう姿勢が、ファンにも伝播していくと。

中本:ファンもみんな「清く正しく美しくありたい」と願っているんですよ。以前アンケートを取ったことがあるので、これは断言できます。みんなで、全力で、宝塚という素晴らしい世界をつくって継承していこうと。ファンにとっても「私ごと」なんです。全員でやっています!っていう感覚。

ー宝塚歌劇団という組織が、“戦略”としてファンを鼓舞しよう、取り込もうとしているわけではないんですよね。

中本:さっきも「ビジネス戦略では?」みたいな話が出ましたけど、私は宝塚歌劇団って、良くも悪くもすごく愚直な組織だと思っているんです。いい意味で要領が良くないというか。

それこそ母体の阪急電鉄と同じで、「売れてやろう」といった野心を特に持たず、日々安全に運行させることが目標。とにかく毎日いい公演を続けていきます!そういう姿勢が感じられるんです。

ー鉄道と同じ、というのはすごくしっくりきました。

中本:もはやインフラみたいなものですよね。ファンにとっては、「水・空気・タカラヅカ」なんです(笑)。永遠に存在し続けてもらなければ困る、そんな感覚ですね。

▲中本さんの著書『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』

ファンとの程よい距離感が、継続的なつながりの鍵

「私たち熱狂的なファンって、宝塚歌劇団サイドから“寄り添われている”感覚ってあんまりないんですよ。でもむしろ、それは正しい姿勢だと思っています。だって寄り添われてしまったら、タカラヅカがすごく狭いところに収束してしまうから」

取材の最後に、中本さんはこんなことを話してくださいました。ファンとしてはあまりにも謙虚な言葉だったので驚きましたが、この程よい距離感こそが、継続的に宝塚歌劇団とファンをつなぎとめる秘訣になっているのではないか?そんなことを考えさせられました。

PR3.0 Conference [CULTURE]では、中本さんにさらに深く、タカラヅカのカルチャーについて掘り下げていきます。(編集部)

▼Session 16:00-17:00  タカラヅカとJリーグから学ぶ、カルチャー継承の秘訣 
中本 千晶(演劇ジャーナリスト / 早稲田大学講師)
星野 高明(浦和レッドダイヤモンズ株式会社 広報部 マネージャー)
長谷川 賢人(ライター/エディター)

PR3.0 Conference [CULTURE] 公式サイト