日本でもっとも引っ張りだこの広告写真家でありながら、写真館の主として年間3,000組のポートレイトを撮影し、日本各地で開催するワークショップでは、一般の方を対象に広く撮影技術を公開する。頻繁にSNSを更新し、自身の写真への熱い思いを、日々発信し続ける——。

誰もが目にしたことのある有名な写真の数々を撮影する鈴木心さんは、なぜ“個”との関係構築にとことんこだわるのか? その背景に隠された意外なポリシーと戦略に迫るべく、2019年6月に鈴木さんがオープンされたばかりの喫茶店「コーヒーの日」を訪れました。


Profile

鈴木 心さん Shin Suzuki
元・写真家。あの広告や雑誌の撮影をする傍ら、2011年に鈴木心写真館を開始。今まで23,000人以上の記念写真を日本中で撮影している。2019年には神田小川町に喫茶「コーヒーの日」開店。写真のみならず、対面のコミュニケーションを主軸に活動を展開している。


どうすれば「伝わるのか」 それを考えることが写真の意義

鈴木さんは広告写真家として第一線で活躍されている一方、写真が好きな一般の方たちと積極的にコミュニケーションをとられていますよね。かなり珍しいケースでは?

鈴木心さん(以下、鈴木):僕、実は名刺に「写真家」って入れていないんですよ。これは初めて名刺をつくったときからなんですけど……。写真家として独立した当初から写真家という肩書きがしっくりきていなかったんです。というのも、僕にとっては「撮る」ことは仕事の一部で、どちらかというと自分から企画を立ち上げてディレクションをするということが多かったんです。

鈴木さんのお仕事ぶりを拝見する限り、典型的な「写真家=アーティスト」だと思っていたので意外です。

鈴木:最近の活動としては、鈴木心個人として撮影を請け負う以外に、“組織体”として動くことがとても多いですね。僕を含めた経営陣3名・広報担当2名のほかに、学生やクリエイターチームと企画ベースで有機的に結びつきながら活動しています。

内容としては、メインである「鈴木心写真館」の運営、これは出張写真館という形で全国をめぐることもあります。そのほか、多様なテーマでのワークショップ、写真家同士の撮影対決を披露する「写真道場」、この喫茶スペース「コーヒーの日」の経営など、一般の写真好きな方たちを対象とした様々な活動を行っています。

▲写真提供:鈴木心写真館

実は10年くらい前から、「写真家」を引退したいと考えるようになったんです。とにかく人を育てたい。写真について、もっと考えることができる人を増やしていかないと、写真業界はダメになってしまう、そんな危機感があったんですよ。

危機感ですか。

鈴木:誰もがSNSで、今日のランチの写真をアップする時代です。もちろん否定はしません。でも、画像に写った他人のランチにもペットにも子どもにも、本当は誰も興味なんて持っていないと思うんです。他人が本気で「見たい」と思えないような写真が世の中に溢れている、そんな現実を変えたいと思っていて。

そもそも写真は、人と人とのコミュニケーションを豊かにするために生まれてきたはずなんです。「いい写真って、どんな写真ですか?」とよく人に聞かれますが、そんな時僕は「伝わる写真」と答えます。見る人がいて初めて写真は価値を持つ。そうであるならば、どうすれば相手に伝わるのか? そう考えることが絶対に必要になってくるんです。

まさに言語によるコミュニケーションの取り方と同じですね。

鈴木:そうですね。例えばワークショップでは、一人でも多く写真について考える人を増やすために、できる限りミニマムなコミュニケーションを大切にしたい。例えば、5万人動員のライブでアーティストが「みんな元気?」ってよく聞いていますが、観客は5万人のうちの1人という感覚でそれを耳にしますよね。でももし握手会で、面と向かって「元気ですか?」と聞かれたら「元気です」ときちんと答えるじゃないですか。

「自分に問いかけられている」という受け手の意識があって初めて、深いコミュニケーションが成り立つ。僕は握手会をするかのように、一人ひとりの受け手に対してできるだけ多くのエネルギーを注ぎたいんですよね。

そこで鈴木さんから写真の考え方のヒントをもらった方が、ますます写真を好きになるという好循環が生まれていると。

鈴木:鈴木心写真館のスタッフのほとんどが、僕のワークショップの卒業生ですからね。そういう意味では、ワークショップと写真館って別物のようで、まさに循環するシステムになっているんです。

ワークショップや写真館に初めて来られる方の多くは、鈴木心という看板に興味を持って訪れると思うんですよ。でも実際にそこで、これまで体験したことのない写真を体験する。僕はすべての活動において「考えるシステム」を入れ込んでいますから、当然皆さん考えるわけです。「どうしてここでの撮影体験は、他の場所とは違うんだろう?」と。

その謎を本気で突き詰めたいと思った人たちが、僕たちの仲間となって共に活動をするようになる。そんなシステムがつくられているんです。

誰もが「人生の主人公」になりたがっている

広告写真家だった鈴木さんが、初めて個人とのコミュニケーションの必要性を感じるようになったきっかけはなんだったのでしょうか。

鈴木:2011年の3月、震災後に恵比寿で開催されたチャリティーのフリーマーケットです。中古のカメラを売るだけではなく、即席の撮影ブースをつくって「1,000円でSNSのアイコン写真を撮影します」という鈴木心写真館の先駆け的な企画を実施したんです。その時、予想以上の長蛇の列ができて……。

「時代が変わったな」と感じました。「人生の主人公になりたい」、そう感じている人がこんなにもたくさんいるんだと。その時以来、いまだに鈴木心写真館を利用してくださっている方もいるくらいです。その後、地方のテレビ局主催の音楽イベントで同様のブースを出して欲しいという依頼が来て、ますます自分たちで主体的に動くようになっていきました。

写真館へのニーズと手応えを掴まれ、今のような形で鈴木心写真館につながっていくという予想はされていましたか?

鈴木:そうですね……。これは誤解されたくないんですが、僕にとって鈴木心写真館は「写真家が本業とは別に、片手間でやっている趣味」ではないんです。端的に言えば、かなり早い段階からtoBの戦略を視野に入れていました。なぜならそのことが、世の中における写真の価値を上げることにつながると考えたからです。

現状、鈴木心写真館にはtoCモデルとtoBモデルがあります。toCは、松陰神社前のスタジオや出張写真館。スタジオでは1時間かけてじっくり撮影を行い数万円いただきますし、出張写真館では、お子さんをはじめできるだけたくさんの方に体験していただきたいという意味で、数分間数千円で対応させていただいています。

一方で、toBモデルがあります。例えば最近、チェーンの外資系カフェで定期的に出張写真館を行っています。他にも、企業内で社員のポートレイトを撮影したり、カメラメーカー主催のワークショップでレクチャーをしたりしています。

嫌な言い方かもしれませんが、「お金にならなくてもいいからやっている」レベルではまったくない、れっきとしたビジネスなんですね。

鈴木:率直に言えば、toCモデルはtoBを視野に入れて拡大してきたつもりです。つまり、強化モデルをつくってエンドユーザーに支持されれば、企業は僕たちを必要とするようになる。対個人に対するコミュニケーションって、企業がもっとも不得意とする分野なんですよ。

先ほどスタッフの循環という観点でもお話をした通り、写真を見るよりも、自分が被写体になった方が「何がいい写真か」というのがわかりやすい。写真展や写真集を見るよりも、写真館でのポートレイト撮影を体験してもらうことで、一般の方の写真に対する意識って変わるんです。その入り口としての装置を僕らがプロデュースしている。

普通の方を“主人公”にしてあげる、と。

鈴木:そうです。広告写真家という立場では、スポンサーとか広告代理店みたいなお金を持っている方から「選ばれる」形になります。でも僕たちのように、一般の人から選ばれていれば、企業は僕らを「選ばざるをえない」。僕たちの持っているパッケージで、これだけ集客が見込めますということを、toCを持って示しているという形になります。

地方の子どもたちからの学びが、広告写真の現場で生かされていく

▲写真提供:鈴木心写真館

なぜ鈴木心写真館をはじめとするtoCモデルが、ここまで写真好きの心をつかんでいるのでしょうか。

鈴木:先ほど「いい写真とは何か?」という話をしたと思いますが、「個」と「個」って、たとえ同じ言語を話していても、生い立ちが違えば価値観が違います。受け手がどんな価値観を持っているかに合わせて、自分の伝えたいことを言語化していかないとコミュニケーションは成り立ちません。

例えば僕は「サントリー 角ハイボール」や「JR SKI SKI」 の広告写真を撮るときでも「地方の子どもがこれを見たときに、すげぇ!って思ってくれるかな?」と想像します。広告業界の人間がいいと感じるなんてある意味当たり前で、普段業界に接していない人たちにも「面白い」とか「かわいい」という衝撃を与えられているかどうか、それが常にベースにあるんです。

そしてかつ、クライアントを満足させなくてはいけない。大変難易度が高い気がします……。

鈴木:もちろんです。ただ、僕の撮った写真を“なぜ”きれいだと思うのか、“なぜ”かわいいと思うのか。それを教えてくれたのは、震災後に授業をさせてもらった小学生の子どもたちでした。そうやって価値観を学習させてもらうことで、結果的にtoBにも生かされていく。「そのやり方じゃ誰にも伝わらないよ」ということがわかるようになる。だから僕たちには、企業がマーケティングで出したデータにも負けないような、独自の肌感覚があるんです。

toCで培った感覚が、toBの仕事へと受け継がれていく。

鈴木:もちろん、広告写真と写真館の撮影、お金の大きさで言えばすごい差があります。だけど、介在するのが「個」という点においてはどちらも変わらない。どうすれば相手が快く笑える状況をつくれるのか? 

そのためには、決してコンフリクトする必要はなくて、こちらが先回りして相手の気持ちを読解してコミュニケーションの仕方を変えればいいだけなんです。細い道で対向車がやってきたら、こちらが先に路肩に停めて、相手に進みやすくしてあげる。それをするだけで、家族に無理やり写真館に連れてこられた強面のおじさんが、最終的には笑顔になります。

クリエイターの中には、「お前の方が路肩に停めろ」という感覚を持つ人がいるんですが、それは圧倒的にtoCの経験が足りないからです。逆に僕たちは、年間3,000人、トータル23,000人以上の方を笑わせてきた実績がありますから。

写真館で撮られた家族写真は、決して消耗されることはない

▲写真提供:鈴木心写真館

すごい説得力があります。写真館やワークショップとは違った形で、今年この「コーヒーの日」をオープンさせたきっかけは?

鈴木:ひとつには、最初に言ったように「写真について考えてもらえる場」をつくりたかったんです。しかも、喫茶店のマスターとお客さんのような気軽な関係で、コーヒーを一杯飲みながら、聞きたいことだけを聞いて帰っていただくような。例えるならカスタマーセンターのような場所ですね。

そしてもうひとつの大きなきっかけは、コーヒーと写真が似ているな、と思ったことです。

どういう点で似ているのでしょうか?

鈴木:例えばコーヒーを飲む人の中には、「カフェラテとカフェオレ」の違いを知らないとか、「エチオピア」がどこにあって、どういう国であるかすらわからない方が、たくさんいるんですよね。写真も同じです。カメラは持っているけれど、「一眼レフ」をはじめとする名称の意味や、自分の目とカメラの摂理の相関性について理解していない人がたくさんいる。考えをめぐらせることの楽しさを放棄してしまっている「能動性の欠如」に対して、僕は写真館を通し理解を促す体験機会をつくってきたわけです。それを、コーヒーでもできるんじゃないかと考えました。

コーヒーについて、国も農園の名前も、もちろん抽出方法だってお客様は知らなくていい。それよりも「何が飲みたいか」を明確にし、体験を通じて仕組みを知った方が断然早いと思います。

コミュニケーションを通じて、バリスタ側が「熱いものがいいですか、冷たいものがいいですか」という会話の糸口から、ブラックなのかミルクなのか、炭酸で割るのか水で割るのか、量は、濃度は……、といった具合に、希望のコーヒーを探り当てていく事ができるんです。

コミュニケーションをとりながら、お客さまの希望するコーヒーを淹れてあげる。確かにこのお店にはメニューがないですものね。

鈴木:写真館も同じなんですよ。「どうして鈴木心写真館に来たのか」その目的さえ明確に教えていただければ、あとは基本お任せいただいて大丈夫。数十分後には、「あ〜、楽しかった!」と言っていただけますから。

体験を通して、“本当の”写真のことを理解してもらいたいんです。写真館のコンセプトは「撮った日が記念日。」、コーヒーの日のコンセプトは「飲んだ日が記念日。」としています。まだ詳しくはお話できませんが、コーヒーの日の取り組みも、いずれはtoBという形で社会に広く還元していくつもりです。

ここまでお話を聞いてきて、鈴木さんがアーティストという側面だけではなく、社会に対する写真のあり方を変えるために、企業のみならず、個人との関係構築を大切にされていることがよくわかりました。

鈴木:広告写真が消耗されて終わってしまうものならば、僕は、写真館で撮影するポートレイトをいかに満足いただける形にするかについてとことん考えていたい、というのが本音です。ここまでtoBについて多く語ってきましたが、写真館では目の前でお客様がクレジットカードを切る姿を実際に目にするので、自分の仕事に対してすごいリアリティと重みがあるんですよ。

鈴木心写真館で撮影したポートレイトがお客様の心の中にずっと残り続けるものであってほしいですし、ここでの体験が、少しでも写真というものについて思いを馳せるきっかけになってほしい。もしそれが実現できるのであれば、僕自身が作品を撮ることよりも圧倒的に誰かの役に立っていることになります。それこそが、僕が写真に関わり続ける一番の意味だと思っているんです。

個の笑顔が、広く世の中へ伝搬していく。写真家の描く新しい未来

「JR SKI SKI」の広瀬すずさんや「サントリー角ハイボール」の井川遥さん。その他数え切れないほどの印象的なポスターを撮影してきた鈴木心さん。第一線で活躍する若き写真家が、「もうそろそろ引退してもいいかな」と迷いのない言葉を紡いだ事に衝撃を覚えました。

鈴木さんが目指す未来は、写真家としての名声を得ることではなく、写真について考える「個」を一人でも多く増やすこと。ひいては、どんなコミュニケーションをすれば、みずからの感動を人に伝えることができるのか、それを想像できる個を増やすことであるとも言えるでしょう。

そして同時に、toCでの関係構築で培ったコミュニケーションを生かし、toBへと繋げていく。小さな個から受け取った笑顔や感動を循環させ、広く世の中に伝搬させていく。そんなある種“戦略的”とも言える活動に、新しいアーティストの生き様を見たような気がします。(編集部)

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