企業において「CSV(Creating Shared Value)=社会的価値の創出」が一般化しつつある昨今。利益を突き詰めることではなく、自社の活動がいかに社会に貢献できるかを自ら問い掛け、行動に移すことが企業に求められています。

本当に価値を生み出すCSVを実践するためには、いかに社員一人ひとりに自分たちの社会的価値を“腹落ち”させるかが重要。そんななか、「NEVER SAY NEVER」を新しいコーポレート・アイデンティティに据え、「難しいからこそ、あえてやる」の精神で全社をあげて挑戦しているのがロート製薬です。

いかにして社員たちの間に社会的価値創出への意識が浸透していっているのか、その背景とコミュニケーションに迫りました。


Profile
河崎保徳さん Yasunori Kawasaki

ロート製薬株式会社 広報・CSV推進部 部長

1960年大阪生まれ。1986年ロート製薬入社。商品企画部長、営業部長、営業企画部長を歴任。2011年の東日本大震災後、仙台に移り3年間を復興支援室長として震災復興に尽力。震災遺児たちの夢を支える進学奨学金「公益法人 みちのく未来基金」を創設。2014年~現職。社内の健康経営や働き方改革推進にも尽力。2017年10月~厚生労働省「柔軟な働き方に関する検討会」検討委員。2018年4月~神戸大学大学院非常勤講師。


東日本大震災での支援活動が、企業としての在り方を変えた

―ロート製薬がCSVへの意識を持ちはじめたきっかけはなんだったのでしょうか。

河崎さん(以下、敬称略):2011年の東日本大震災ですね。2011年3月末に復興支援の専任のチームをつくると共に弊社の社員、のべ750人が現地で様々な復興支援活動を行ったんです。復興支援室長に任命された私は、第一陣として現地へ入り3年間活動しました。

―そんなに大勢の社員を現地へ送り込まれたのですね。あまり例を見ない規模では?

河崎:ロート製薬は本社が大阪にあるんですが、やっぱり多くの社員が思い返すのが阪神淡路大震災のことなんですよ。特に会長である山田邦雄には、今や復興を遂げた神戸に対して十分な支援ができなかったという心残りが強く、東北ではその時の教訓を生かそうとしていました。だから人数をかけるだけではなくて、チーム立ち上げに際しては各部門のトップ級のメンバーを真っ先に送り込んだんです。「本当にこんなにすごいメンバーを引っ張ってきていいの?」と私も驚きました。

―阪神淡路大震災の時にやり残した支援とはどんなことだったのでしょうか。

河崎:震災で親を亡くした子ども達への援助です。実は本当の意味での復興というのは、子ども達が立役者なんですよね。道路が開通したり、建物が再建されたりすることではなくて、その土地の子どもたちが将来結婚し、幸せに子どもを産み育てていきたいと思える環境にできて初めて復興と言える。ところが、未曾有の震災においては、食べ物や水みたいな、緊急性の高いところに支援が優先的に回されます。親を亡くした子どもたちが進学を諦めるという事態が起こることを、行政も企業もなかなか気づけないんです。

―なるほど。そこでロート製薬が指揮を取って始められたのが「みちのく未来基金」ですね。

河崎:はい、会長が口火を切る形でスタートしました。震災遺児の入学金と授業料を返済不要で大学院まで支援、人数制限なし、というものです。利息は取らないけれど返済しなくてはいけない、という基金は他にもたくさんあるんですが、現実問題、何かの資格を取ろうとしたら、学校を卒業してからがスタートなんですよね。僕らはそこをカバーしたかったんです。

―みちのく未来基金のユニークなところが、ロート製薬、カルビー株式会社、カゴメ株式会社、エバラ食品工業株式会社の4社が合同で運営されている点です。

河崎:民間企業がこういう基金をつくる時に、一番怖いのが「長期に約束する」ということです。経営の未来が読めない時代に、子どもたちに25年間も支援を約束することはとても難しい。でも4社が集まることで、仮に何か起きても補い合えるんですよ。僕らは社名を売りたいとか、そういう考えは一切ない。ただ、日本が困っている時に、各社が力を合わせればこんなことができるんだ、という一例を社会に示したかったんですね。

―1社でやることと、いくつかの企業が合同でやることには違った意味合いが出てきますよね。

河崎:お金のある1社が何億円を出しましたというのと、いくつもの会社が少しずつ持ち寄って子どもたちのために基金を設立しました、というのではやはり後者の方に意味があると思います。未来に生きる子どもたちを、“みんなで”支えるという動きにこそ、実は日本らしい文化が宿るのではないでしょうか。

「なぜ仕事するのか」 社員一人ひとりの意識づけがCSVの鍵

―2014年に広報・CSV推進部が発足しましたよね。どのような経緯があったのでしょうか?

河崎:復興支援活動に携わるなかで、ロート製薬はもっといろんなことを社会のためにできるのではないか?と考え始めました。利益を上げることに留まらず、社会の役に立つことをするべきではないかと。

「本業が社会の役に立っている」と社員が確信を持て、自分の言葉できちんと言えるようになって初めて、本当の意味でのCSVが実現できる。「社会の役に立つこと」と「売り上げを上げること」は、実は同じ方向を向いていると社員一人ひとりが実感できることこそが重要なんです。

―そういった実感を社員に浸透させるのは、簡単なことではないように思えますが……。

河崎:そうかもしれません。ただ、昭和の成長期と今では、状況が変わりました。いくら営業を頑張ってもなかなか利益が上がらない、右肩下がりの時代が来ている。「僕らは何のために目薬を売るのか、何のためにこの事業をするのか」。その軸が「売り上げを上げるため」というところにあるとすれば、もう社員には疲弊しか残らないんです。

―「なぜ仕事をするのか」というモチベーションの軸を変える必要がある、と。

河崎:そうは言っても、これまで「売り上げ、売り上げ」とずっとお尻を叩かれてきたのに、急にCSVとか言って哲学を語られたところで、誰も反応しません。だから、発信機能のある部署が新しい方向性をつくっていくのがいいんじゃないか、ということで、「広報・CSV推進室」が発足しました。一般的な企業の広報部よりもいろいろな機能を持たせるということで、人数も25人と会社の規模にしては多いんです。

広報主導でのコーポレート・アイデンティティ策定

―社内への浸透をはかる上で、どのようなことに取り組まれたのでしょうか?

河崎:取り組みの一つは、会社のコーポレートアイデンティティの一新でした。折しも、会社は115周年を迎え、さらに一歩次のステージに推し進めようというタイミングも重なり、CIの一新を広報主体のプロジェクトチームに任せてもらいました。色々な方向から私たちが大切にすべき価値観について話し合いましたが、僕自身はある特別な出来事が強く心に残っていました。牡鹿半島での震災の後、瓦礫掃除のボランティア活動をしている途中、ロート製薬の主力商品「新Vロート」という目薬が出てきたんです。三重県でつくられた商品が、こんなに離れた場所でも使っていただいていた。それを見てみんな泣き出して。

―社員だったらグッとくると思います。

河崎:工場勤務の社員は「初めてお客さんのことをリアルに想像した」と言うんです。ずっと生産効率とか不良品率とか、数字にがんじがらめになっていた。お客さんの姿をこれまで本気で想像したことがなかった、と。初めて「商品」と「人」が結びついた瞬間を見て、この会社はまだまだ先に行けるな、と思いましたね。

―「NEVER SAY NEVER」には、どのような意味が込められているのでしょうか。

河崎:これは社員向けの言葉なんです。社員が、育てていくための言葉。創業記念日にワークを行い、「NEVER SAY NEVER FOR〜」の後に、各自で言葉を入れてもらいました。「TEAM」「FAMILY」など、さまざまなワードが出てきました。先ほども言ったように、私たちが仕事をするのは何のためなのか。毎年見つめ直して、繰り返し意識をしてもらうためにつくられたのがこの言葉ですね。

“NEVER SAY NEVER” をそっと支えるのが広報の役割

―一人ひとりが自分だけの言葉を持つ、という意味でとても能動的なコーポレートアイデンティティですよね。その他に、社員の方に浸透させるために行ったことはありますか?

河崎:ロート製薬では2016年から、入社3年以上の社員に副業を解禁したんです。少年サッカーの指導や、売上に苦戦している酒造の通販サイト立ち上げなど、現在、社員の約5%が社外のチャレンジワークに取り組んでいます。基本的に収入補填を目的としている人はいませんね。

―やはり「社会貢献がしたい」という意識で副業に取り組まれているんでしょうか。

河崎:そう感じますね。あとは社外に人脈をつくりたいとか、自分のスキルが通用するか確かめてみたいとか、そう言った意識はもちろんあると思いますが……。結果論ですが、副業をしている社員は本業にもしっかり取り組んでいるんですよ。「自分の人生は自分で決めていく」という能動的な意識がそうさせているのかもしれませんね。

―「自分の持つスキルで広く社会に関わりたい」という積極性を、会社を挙げて応援されているということですね。広報=PRパーソンである河崎さんご自身が「社員を導いている」という気持ちを強くお持ちなのでしょうか。

河崎:ロート製薬の持つミッションへの理解を深めるという意味では、私を含め、被災地で活動をしたメンバーも広報として活躍しています。ただ、自分たちが会社や社員を引っ張るなんて大それたことはできません。うちの場合は、会長が一番ミッションへの意識が高いんです。被災地への土砂かき支援の時に第一便のバスで駆けつけてくれたような人ですから。そういう意味では、会長こそがうちの“PRパーソン”なんじゃないかな? 私たち広報は、会長の言葉を理解し、経営に近しい発想を備え、言葉としてステークホルダーへ伝えていくこと。あくまでも影武者、縁の下の力持ちなんですよね。

個人が集まった企業だからこそつくれる価値がある

「短期で利益を出さなければいけないという現状は、どんな企業にもあると思います。ただそういう時ほど、“何のために自社が事業を展開しているのか”という創業時の精神に立ち返ることが大事だと思いますね。ロート製薬にとっては、そこに立ち返らせてくれたのが震災だったんです」(河崎さん)

未曾有の震災を経験し、私たち個人は自分の力の小ささを実感し、それでも何かできることはないかと日々考えるようになりました。個人として創出できる価値には、もしかしたら限界があるかもしれない。けれど、個人が集まった企業には、まだまだ潜在的な創造価値が多く眠っているはずです。その価値を誰が引き出し、どのように社員一人ひとりを変えていくのか。今回の取材で、ひとつの答えが見えた気がします。(編集部)