俳優の役作りメソッドから学ぶ、「他者の視点」に立つ方法——「他人の靴を履いてみる」特別セミナーレポート

report & photo by Yu Oshima(PR Table)
text by Yui Kitagawa

「相手の立場に立って、考えなさい」と、人生の中で幾度となく、諭されたり、ときには怒られたりした経験が誰しもあると思います。

生活や人間関係ではもちろん、仕事としてPRに携わっている人はなおさら、常に「他者」と向き合う日々を送っているのではないでしょうか。

企業の広報担当者は、自分たちが発信するメッセージについて、さまざまなステークホルダーがどのように受けとめるかを事前に想像し、行動する必要があります。

しかし、それはいうほど簡単なことではありませんよね。

ターゲット、ペルソナ、カスタマージャーニーマップ……手法は数々ありますが、私たちは本当に、「他人の立場」「他人の視点」で考えられているのでしょうか?

2018年3月、BtoB/IT広報勉強会にて、ちょっとユニークなアプローチのセミナーが開催されました。

「他人の靴を履いてみる」——“put yourself in someone’s shoes”。英語で「他人の立場に立って考える」という意味の慣用句だそうです。

セミナーの講師として迎えられたのは、一度きりの人生の中で、何十人、何百人という「他人の靴を履く」職業——そう、舞台でさまざまな役を演じている俳優のおふたり。

俳優の方々が役作りで行っているメソッドを学ぶことで、「他人の靴を履く」体験、すなわち他者の視点を獲得する体験をする。そんな目的で開催された全2回のセミナーを取材しました。

今回、講師を務められたのはこのおふたり。

「他人の靴を履いてみる」講師をつとめられた、広瀬彩さんと須田真魚さん


Profile
広瀬彩さん Aya Hirose(写真左)
文化庁の新進芸術家海外研修員として、ロンドンの王立演劇アカデミー(RADA)で研修。主演作に、チェーホフ「かもめ」(ニーナ役)、別役実「赤い鳥の居る風景」(新国立劇場、ソウル、ニューヨーク)など。大学において演技実技、およびPTMを用いるビジネス科目を担当する。経営管理修士(MBA)。

須田真魚さん Mao Suda(写真右)
劇団俳優座を経て、現在はさまざまな劇団や言語表現の枠を超えた国内外の舞台に参加する。出演作に第七劇場「かもめ」 (東京金沢ソウル公演)、勝田演劇事務所「タイタス・アンドロニカス」などがある。近年は俳優のみならず劇作、演出、教育などに活動を広げる。

■公式サイト「トビラボ」
http://tobelabo.com


俳優のみなさんは、どのように「他人の靴を履いて」いるのか。そのヒントをたどるため、
さまざまなワークを通して、まずは普段、ぼんやりとしか使えていない“自分の感覚”を意識するところからはじまりました。

この日の参加者として集まったのは、さまざまな会社で広報を担当している、12名のみなさんです。

「他人の靴を履いてみる」セミナーの様子
▲冒頭のウォーミングアップ段階から、身体を使った演劇のメソッドがふんだんに盛り込まれていました。

絶望的なまでに「他人との共通点」は見つからないもの

須田さん:「私たちは、さまざまな役柄を通して、コンスタントに“他者”を演じています。しかしときには、『冷酷な殺人鬼』など、自分とはまったく共通点のない役を演じなければならないこともあります」

そもそも、人間にはどれほどの共通点があるのか——?

グループにわかれて行われたワークには意外な難しさがあったようで、参加者のみなさんがちょっと苦戦している様子も見られました。

「他人の靴を履いてみる」セミナーの様子

広瀬さん:「突き詰めて考えてみると、私たちには『人間である』という共通点くらいしかないのではないかと思います。そのくらい、絶望的なまでに共通点というのは少ないもの。だからこそ、他者とわかり合うためには高いハードルがあるんです」

こうした前提も、普段の生活の中で意識すること、感じることは少ないもの。実際のワークを通して経験を重ねていくことによって、言葉をなぞる以上の理解が深まっていきます。参加者の方も、ハッとさせられた瞬間がたくさんあったのではないでしょうか。

 

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意識的に「他人の靴を履いて」、はじめて理解できること

1日目のワークで提示されたキーワードをふまえ、2日目は実際のグループワークを中心に、“他人の靴を履く”体験をしていきます。

「他人の視点に立つ」という課題の内容だけを聞くと、「ターゲットは誰で、その人の代表的なペルソナは……」と、ついつい頭だけで考えたくなってしまいますが、おふたりから提示されたアプローチ方法はまるで違いました。

「他人の靴を履いてみる」セミナーの様子

このプログラムの重要ポイントのタネ明かしになってしまうため、今回はワークの細かい内容は伏せさせていただきたいと思います。

出されたお題は、広報担当者にとってそれなりに身近なものでした。でも「いつもと違うアプローチ」でワークに取り組んだことで、多くの参加者は、いつもの仕事とは違うプロセス、違うアウトプットの仕方を体験することになったのではないでしょうか。

一連のワークが終了すると、最後にグループごとの発表が行われました。今回のプログラムを通じて体験してきた一つひとつのワークの意味が、ここですべて明らかになるような感覚。

参加者の腹落ち度、納得感も高かったようで、セミナー終了後も、Facebookグループに寄せられる質問がたくさんあったそうです。

今回は取材という形で同席させていただいたので、私たちはセミナーを直接的に体験したわけではありません。しかし一連のワークをたどっていくにつれ、ふとした自分への疑問が湧き上がってきました。

ターゲット決めとペルソナ設定、カスタマージャーニーマップの作成……日々の仕事の中では当たり前のように行なっているつもりになっていたけれど、本当の意味で“その人の靴を履いて”いたのだろうか…?

私たちは、“他人の靴を履く”という一歩を、実は踏み出せていないことも多いのかもしれません。

演劇メソッドを生かした「広報向けプログラム」が生まれたワケ

ところでなぜ、今回のような広報向けのプログラムが考案されたのでしょうか? あらためて講師の広瀬さん、須田さんと、監修をされている青山学院大学の黒岩健一郎先生にお話をうかがうため、2日間のセミナーを終えた数日後、青山学院大学の黒岩先生の研究室をたずねました。

黒岩健一郎先生、広瀬彩さん、須田真魚さんの3人。


Profile
黒岩健一郎先生 Kenichiro Kuroiwa(写真左)

青山学院大学 大学院国際マネジメント研究科 教授
住友商事勤務を経て、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了(MBA)。同後期博士課程単位取得退学、博士(経営学)。武蔵大学経済学部専任講師、准教授、教授を経て2014年から現職。専門分野はマーケティング論。


演劇は、ビジネス課題を解決するポテンシャルを秘めている

このプログラムが誕生したルーツは、約10年前、広瀬さんが研修をしていたロイヤルアカデミーにありました。

広瀬さん:「私は舞台俳優としてのトレーニングのため、2007年に文化庁から英国のロイヤルアカデミーに派遣されました。アカデミーには演劇のメソッドを使って企業研修を展開している部署があったんです。プレゼンテーションやリーダーシップなど、いろいろな分野を教えていて、先生方は企業の要請を受けて国内外を飛び回っていました。

帰国後、ワケあって専門職大学院(MBAスクール)に通うことになりました。ビジネスのバックグラウンドは全くありませんでしたが、勉強しているうち、ビジネスの場でも自分自身が学んできた演劇のメソッドが応用できることを強く実感するようになったんです」

広瀬さんと黒岩先生が出会ったのは、まさにこのMBAスクールの集い。そこで意気投合し、広瀬さんがずっと一緒に演劇をしてきた須田さんに声をかけて、ビジネス向けプログラムの開発がはじまったそうです。

▲ワークショップでの広瀬さん(左)と、須田さん(右)

当時、黒岩先生はこんな課題を持っていました。

黒岩先生:「私は大学で『ケースメソッド』という教え方をしていましたが、学生側がなかなか当事者の立場に立てないという課題がありました。

例えば『あなたはこの会社の経営を任されました。以下の問いに対して考えてください』という設問を提示しても、『たぶんこの経営者はこうすると思いますよ』などと発言するんです。ああ、当事者になりきれていないな、と」

ケースメソッドでより当事者意識を持たせるために、演劇の役づくりが生かせるんじゃないかーー。広瀬さんと話をする中で、黒岩先生は演劇に秘められたポテンシャルを感じたそうです。

広瀬さんに声をかけられた須田さんも、演劇のメソッドを生かし、劇場で演じる以外の活動に取り組んでいました。

須田さん:「俳優としての活動だけではなくて、幼児教育や高齢者向けのプログラムにも取り組んでいました。演劇はエンターテイメントとして楽しむだけのものではなく、もっと多様な形で社会に還元できるポテンシャルがあると思っていたので、広瀬さんと黒岩先生の話を聞いて、すごくおもしろそうだと思ったんです」

こうして、3人のプログラム開発がはじまりました。

まずは、俳優が他者の視点を獲得していくプロセスを分解して、体系化を試みました。この体系を基盤にした教育方法をPTM(Perspective-Taking Method)と名付けました。他者視点の獲得は、学術的にはPerspective-Takingと言うからです。

他者視点の確度を上げる演劇の手法

3人が最初に開発したプログラムは、非効率な会議をなくすための企業向けの研修「うまくいかない会議」。

まず事前に準備された“ダメな会議”の脚本を参加者が実際に演じ、体験することで、何が悪かったか、どういう風に改善すれば良いかを考えるというものだったそうです。

次に開発したのが、学生向けのプログラム。こちらは演劇的な目線で、ビジネスにおけるコミュニケーションの課題を顕在化させ、その解決策を提示して実践するというもの。

相手が何を考えているのかを捉え、どのようなプレゼンテーションをすれば自分のことを伝えられるか、体感していく短期プログラムでした。

▲3/2・9のセミナーの様子。プログラムの中のちょっとした演出にも、演劇の要素が盛り込まれていました。
▲3/2・9のセミナーの様子。プログラムの中のちょっとした演出にも、演劇の要素が盛り込まれていました。

 

そして、創業者の精神を継承するためのプログラムも開発しました。

広瀬さん:「創業者の精神をどう継承していくかは、どの会社にとっても難しい課題です。ご本人が亡くなっていたとしたら、なおさらです。

たとえ創業者の考えが書かれた資料が残っていても、本当に理解することは難しいもの。だから創業者の精神を体感するため、創業者の生い立ちから亡くなるまでを振り返り体感する、3日間の演劇的アプローチによる企業研修プログラムを企画したんです」

資料のみを読んでも、どうしても年表的にしか会社や創業者の生い立ちを感じることができません。しかし演劇を用いたワークショップを活用することで、創業者の精神を実感として伝えられると考えたそうです。

こうして、あらゆる切り口で試行錯誤しながらプログラムを開発し、実践してきた3人。

今回、BtoB/IT広報勉強会で開催された広報向けプログラム「他人の靴を履いてみる」も、そんな模索の中からカタチになったプログラムのひとつでした。

広瀬さん:「広報担当者が企業側から発信する情報と、受け手が欲している情報に齟齬がある。そんな課題をおうかがいしました」

黒岩先生:「企業として伝えたいことが、相手になかなか伝わらないことが課題だと。私たちが今までやってきたプログラムを練り直したら、そうした課題を解決するヒントを伝えられるのではと考えたんです」

「他人の靴を履いてみる」セミナーの様子

顧客をはじめ、株主や投資家、メディアの記者などさまざまなステークホルダーと接点を持つ広報担当者は、自分たちが発信する情報がどのように受け止められるのかを想像できなくてはなりません。

セミナーではその精度を上げるためのワークが組まれ、参加者もみな手応えを感じたようでした。それは講師をされたおふたりも、黒岩先生も同じだったようです。

広瀬さん:「受講後もFacebookグループで質問を受け付けていますが、参加者のみなさんの質問が本質をついていて、きちんとセミナーの内容を受け止めてくださっているのを感じます」

独自メソッドを多様な分野に応用へ

学生向け、企業向け、広報担当者向けなどさまざまなプログラムを開発してきた3人。今後は多方面にプログラムを展開していきたいと考えています。

黒岩先生:「このメソッドは、広報のみならずさまざまなビジネスシーンに応用していけると考えています。たとえば飲食店のホスピタリティ向上や、製品開発時のニーズの掘り起こし、営業スキルアップ、ダイバーシティ環境下でのグローバルコミュニケーションなど、何にでも展開し、活かすことができるでしょう」

企業と顧客、従業員、株主、地域社会……ビジネスに必要不可欠なリレーションは、数多くあります。その中で、他者視点の不足からさまざまな問題が起こっているケースも多々あるでしょう。

また共生、協働が社会的な問題として顕在化している今、PTMがその解決に大きく貢献することが期待されます。

ただ頭で考えるだけの想像力には、どうしても限界があります。

だからこそ、今回のセミナーで取り上げられたような、演劇のメソッドが生きる場面もたくさんあるはず。

他者の視点をより鮮明に描けるようになれば、さまざまなステークホルダーと良質な関係を築きやすくなります。

「演劇」と聞くと、「自分たちとは違う世界」というイメージを抱いてしまう人が多いかもしれません。しかし今回のセミナーを通して新たな視点を得ることができたように、自分たちが慣れ親しんできた従来の方法論以外にも、取り入れられるメソッドはたくさんありそうです。

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取材協力:BtoB/IT広報勉強会
BtoB/IT事業社で広報業務に携わる人たちを中心としたグループ。情報交換のための交流会や、さまざまな切り口からの勉強会を定期的に開催している。

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