昨今の新型コロナウイルスの感染拡大により、企業と個をとりまくコミュニケーションのあり方は再編を余儀なくされています。日常生活のオンライン化、企業のDX推進などが加速するなか、PRパーソンには今後どのような役割が求められるのでしょうか。

イベントレポート後編では、PRという「概念」がWithコロナ時代においてどう変わっていくのか? さらに踏み込んだ議論をお届けします。

※イベントレポート前編はこちら


▼ゲスト
嶋 浩一郎さん(株式会社博報堂 執行役員 兼 株式会社博報堂ケトル 取締役・クリエイティブディレクター)
松原 佳代さん(株式会社カヤックLiving 代表取締役 みずたまラボラトリー株式会社 代表取締役)
三浦 崇宏さん(The Breakthrough Company GO 代表取締役 PR/Creative Director)
河 炅珍さん(広島市立大学・広島平和研究所 准教授)

▼モデレーター
菅原 弘暁(株式会社PR Table 取締役)


オンライン化の加速で見えてきたコミュニティの重要性

菅原弘暁(以下、菅原):さて、後半パートでは「PRの概念はどう変わる?」というテーマに移りたいと思います。嶋さん、これから世界とPRはどう変わるんでしょうか?

嶋浩一郎さん(以下、嶋):すごく大きいテーマだけど、まず働き方は明らかに変わるよね。「会社、そんなに行かなくていいじゃん」みたいなことにみんなが気づいて、週休3日が当たり前になったりするんじゃないかな。こういったときにPRでいうと、インナーコミュニケーションや企業文化をどう形成するかが問われますよね。PRって、一つの共同体のなかで新しい文化を生み出すという仕事だから、これまでの共同体が崩壊して新しい共同体ができていく中で、そこをどう捉え直すかが問われるようになる。

三浦崇宏さん(以下、三浦):まさに働き方の部分、僕もそう感じていて。さっきの「エッセンシャル=自分にとって何が本当に大事だったかわかるようになる」という話でいうと、恐らく多くの人が、「8割の給料でいいから6割の労働量にしてくれよ」と思うような変化が起きると思っています。そうすると、余暇を何に使うのかという課題が生まれますね。

それからもうひとつ、大きな変化として、従来の固定された組織のヒエラルキーから脱して、複数のコミュニティをつくり、その中で自分を確立することで幸福感を得る──その感覚がすべての人に実装される世の中になっていく。そんな気がしています。

:その感覚、すごく理解できるな。実際に自分も、B&Bという本屋を経営している自分がいて、雑誌の編集をしている自分がいて、広告のクリエイティブディレクターの自分がいて、PRパーソンの自分がいて、会社の経営者の自分もいる、みたいな。多動でマルチなスラッシャーでいられるということは、いろんなコミュニティレベルで合意形成をしていくために今後めちゃくちゃ重要になっていくと思うね。

松原佳代さん(以下、松原):「コミュニティが誰のためにつくられたものなのか」それが、今問われていると感じます。本来のコミュニティは地域の自治会のように、「みんなのためのもの」だったんだけど、最近都市部で増えているのは趣味型・目的型コミュニティといわれるような、スキル習得や自己実現を目的としたものが主流です。

コロナに際して私たちは、自分の行動が誰かに大きな影響を及ぼすということを強く感じさせられた。まさにクオモ州知事の「It’s about us, not me」という言葉が示すように、今必要なのは自分のためのコミュニティではなく、みんなのためのコミュニティなのだと実感させられたわけです。自分から「give」するところから始まる本来のコミュニティに帰属し、そこで思いやりを持ち支え合っていく。その必要性を改めて感じていますね。

河炅珍さん(以下、河):私にとって職場は大学ですが、いわゆる「わが社」的な意識を持つための条件として、オフィスという物理的な空間がすごく大事だったことが、自宅で仕事をし始めてよくわかりました。同じように感じた方も多いのではないかと思います。

これから「オフィス」というものがシンプルにオンラインへ移行していく、物理的な空間ではなくバーチャルな空間で仕事ができるようになるという話もある。けれども実際は、共同体が成り立つ上では対面による経験がとても重要であることに改めて気づかされると思います。デジタル化が進むにあたって「場=共同体」のデザインそのものが変わっていかなければならない。そこでPRパーソンの、おそらく嶋さんがおっしゃっているような、新しいチャレンジが見えてくるのではないかと個人的には考えましたね。

ディバイドを越境できることこそがPRの持つ力

菅原:PRパーソンにできることが増える反面、やらなければいけないことも増えてくると思うんですが、あえてPRパーソンの役割を定義すると何になるんでしょう?

三浦:さっきのメディアリレーションズあるいはメディアスタンスの話でいうと、「PRの技術と発想を全員が持っとこうぜ」っていう話になりますよね。そのうえで、プロフェッショナルなPRパーソンとは一体誰か? 大きく定義すると、企業や政府など「あらゆる大きなパワーを持っている関係主体とのバランスの取り方をデザインする人間」だと思うんです。

圧倒的に強い影響力を持っている人間が、企業の中にいるわけです。その人がどういう存在であれば、世の中にいい影響を与えることができるのか。めぐりめぐって、自分のためにもよくなるのか。そのためのメディア環境を三方よしでデザインする。最も広い視野と高い視座を持って、強い影響力のある存在に対して良い情報環境を提案する。

今までは「メディアで扱われるためには、こういう商品をつくり、こう発言をすればいいですよ」という極めて狭い出口でPRをしてきたと思うんだけど、そうじゃなくて、365度の視点で良い言動、良い思想を提案できる人間になっていかないといけないんじゃないかなと思ってる。

菅原:その裁量をすでに持っている方に、PRをインストールするほうが早い気がします。ただ、僕の願いとしては、今PRの仕事をしている人、これまで「PRパーソン」と呼ばれてきた人たちにそういう役割を担ってほしい。不謹慎かもしれないけれど、今の状況をチャンスと捉えたときに、PRパーソンはどうあるべきでしょうか。

:まだ言語化されていない世の中の動きを直感的に感じる力と、それがすごく素敵な未来をつくるよね、というように言語化できるスキル。「兆しを感じる能力」と「普遍化する力」そのふたつを兼ね備えることかな。

:これからのPRは、本質に戻るというか、本質そのものを見直す時代へ突入していくのではないかと思います。「パブリック」という言葉を私は「他者」と定義しますが、一研究者から現場のPRパーソンの方々へ期待を込めてお伝えしたいのは、「他者に対する想像力」をどこまで追求していけるのか。これにすべて掛かっていると思うんです。

コロナ問題は世界共通で、しばらくの間、私たちは集団的なトラウマを経験し、普遍的な価値を再確認していくことになります。でもそれだけではない。今世界各国ではすでに分断や差別、嫌悪や葛藤が見られているじゃないですか。感度の高いPRパーソンには、その問題にどう対応していくかが常に問われています。その上で、新しい「他者」を、今まで社会に埋もれて可視化されなかった「他者」を、どうやって発見するのか。

菅原:今のお話、僕はすごく大事だと思っていて。例えば「Withコロナ×ジェンダーレス」といったテーマを、今こそもっと取り扱っていかなくてはいけないと思うんですよ。社会課題を解決するという意味では、WithコロナやAfterコロナはチャンスと捉えられる気がしている。

:社会が危機的状況に陥ったとき、経営者や政治家に何ができるかが繰り返し問われてきました。それまで忘れられていた他者を見つけ、関係性を築いていく。そのことで、共同体をアップデートしていくための動力/エネルギーを見出してきた歴史があるんですね。

コロナ問題でいうと、障害のある方、高齢者、子ども、主婦、シングルマザー・シングルファザー、インフラ産業の従事者など──。PRパーソンは、一般の生活者の目に届かない他者をどうやって見つけ出し、どうやって光をあてていくのか。期待したいところです。

三浦:あらゆるセクシュアリティ、あらゆる年齢、あらゆる国籍の人が、同じような危機を同時に味わうっていう、非常に特異な状況ですよね。世界が同時にひとつの危機を共有したという経験は、別の価値観を持つ他者がいることを想像するためのきっかけになりますよね、恐らく。

松原:世界全体が、まさに大きなコミュニティになったという気がします。だからこそ見つけ出すことのできる他者もいる。

菅原:望まない形ではありますが、やっぱり痛みって共有できるのかもしれませんね。

三浦:さっき河先生がおっしゃった通り、一般の生活者は視野がある程度狭くても仕方がない。経営者やマーケターも、自分の指標や経営する企業以外のものが見えないということも、ある意味仕方がない。その中でPRパーソンは、あらゆる関係主体との合意を形成するという知性を持っているからこそ、最もあまねくたくさんの視点を持って、それを提供できる人間でいたいということですよね。

:そうだね。越境する能力があるのがPRパーソンだと思いますよ。まったく違うカルチャーを持つ人たちの間に越境していけるリレーションズのつくり方と、双方にわかる言語でちゃんと話せる力。自分のPR人生を振り返ると、まさにそうだったんだろうと思う。

ディバイドが加速する状況でもあるわけじゃないですか。格差もそうだしジェネレーションもそうだし、情報に対する感覚値もそうだし。二極分化的なものがどんどん生まれていく中で、それを乗り越えられるのはPRの力だと思いました。

オンライン学習がもたらす新しい可能性、そして分断

菅原:今、学校教育ってどうなってるんだろう? 未来のPRパーソンを輩出するには絶対に欠かせないものだから、すごく気になりますよね。これからの学校教育はどう変わっていくのか。どう変わってほしいかも含めて松原さん、いかがですか?

松原:オレゴン州では、「ディスタンスラーニング」と呼ばれるオンライン学習が始まっています。学校が用意したポータルサイトにさまざまな学習用のアプリが入っていて、週に1〜2回、先生とクラスメート全員での授業があるんですね。それ以外にも毎日いくつかの課題が送られてきて、その場でアップロードすると先生から動画で解説がきたりと、画面越しのやりとりを行なっています。

子どもたちのデジタルスキルがすごく上がっていて、2週間でZoomの細かい機能をどんどん使いこなしていますね。オンライン学習が日本でも導入されたら、SNSの使い方や検索の仕方を含め、一気に小中高校生のデジタルリテラシーがアップするということを、目の前の子どもたちを見て感じました。

菅原:先ほど三浦さんがおっしゃった倫理観。それをどうやって学ぶかというと、やはり人との関係性の中だと思うんですね。そのための場として学校というのは非常に適していたし、家庭だけでは足りないものもあったのだと改めて感じます。その関係をオンライン学習の中でどうつくるか。

松原:国語とか数学は学習できるんですよね。でもそうじゃない、余白・余剰の情緒みたいなものや、暮らしの中での手触り感みたいなものが、ディスタンスラーニングでは学べない。それをどこかで補っていかないといけないのかな、と。

三浦:メディアというものを、インフラと同じように誰もが使うようになった以上、その使い方、メディアリテラシーやメディアスタンスは学ばなければいけない。同時に学ぶべきものが、やはりダイバーシティだと思うんですよね。

菅原くんがよく言っているように「ダイバーシティという視点は他者に求めるのではなく、自分自身に対して求めていかないといけない」わけです。自分の中に、「世界には、自分の身の回りにいる人とは違う価値観の人がいる」ということを認識する視点がないといけない。これを今後、ディスタンスラーニングなのか、複数コミュニティが前提になった社会なのか、どこで教育に織り込んでいくのかが非常に重要だと思います。

:私は大学にいる人間として、今回実際に変化を求められる側でもあったんです。そのとき感じたのが、これからは教育組織にもPRがますます必要になっていくということ。学校もPRの担い手となる。PR業界が、学校をはじめ、より多くの社会組織を目覚めさせるようなきっかけをつくってほしいなと個人的に感じました。

なぜかというと、大学と学生の間でマッチングがずれていることが今回わかったんです。学校側は教育コンテンツを提供することが優先事項だと思っているので、オンライン授業をどうするかだけで頭がいっぱいでした。でも学生たちは、大学という空間の中に、教育コンテンツだけではなくあらゆる「経験」を求めていたんですね。部活を楽しむ、図書館を使う、キャンパスを歩く、友だちとランチを食べる。そういったものすべてを、学生たちは学校という場=共同体に求めていた。

そのずれにPR的な観点が入ることで、解決が可能かもしれないと感じました。教育のデジタル化は、留学生や移動が不自由な学生など、今まで大学にとって忘れられていた他者とつながるきっかけになりました。ただ残念なことに、排除される他者も出てきています。例えば、家庭によっては、PCなど機材の購入が困難なケースも少なくないように。

本来、教育はもっとも平等であるべき社会のコンテンツのひとつなのに、排除される他者が生まれてしまう可能性がある。これは今後、社会全体で議論すべきと思いますが、そういった問題も含めて学校という場と教育の本質は変わっていくような気がします。

三浦:ディスタンスラーニングって、「距離のある哲学」と捉えるとダメで、「距離を超える授業」だと思うんですよ。オンラインになったことで物理的距離がなくなったと捉えると、他者への想像力も学べるようになる。それ自体がすでにメディアリテラシーの活用そのものだなという気がしますね。河さんがおっしゃられていた、水道は全員使えるけどネット環境には差があるという問題をどうしていくのか。教室とは違う部分で、どうやってデジタルインフォメーション、インフラを整えるかっていうのは重要ですよね。

自分にとっての“他者”とは一体誰か?

菅原:都合のいいものだけを摂取することって、コロナ以前からやろうと思えばできたと思うんですね。そこから今度は、いかに自分にとって都合がよくないものを摂取していくかっていうのが一人ひとりに課せられる時代になっていくのかな、と。自分が望まない他者だったり、思いもしなかった他者を感じられた経験って三浦さん、ありますか?

三浦:立場がある人から攻撃されたり批判されたりすることはありますよ。俺の視点から見れば、「俺が正しい」と思っているから全然気にならない。一方で、人には人の正しさがあって、自分とは別の視点を持つ人がいることを忘れてはいけないと思っている。

企業のマーケティングに話を移すと、複数の視点があるということ自体がマーケティングの可能性だと思うんですよ。日本の支配的なマーケットを取るよりも、グローバルニッチみたいな、多様性をマーケティングに取り入れることが、極めて大きな意味を持つんじゃないかと思う。ソーシャルグッドという面だけじゃなく、ビジネスチャンスでもあるわけです。

菅原:そう考えると、多様性を取り入れるのは「見つけられる他者」を増やすためですよね?

三浦:そう。複数の視点を持つということ、他者が複数いると想像できることが、そのままマーケティングのセンスなのかもしれない。

菅原:面白いですね。やはり一人の人間の中にも多様性があると思うんですね。PRの話が大好きな菅原もいるし、まったく別のものが好きな菅原も当然いるわけで。そこで所属するのは、みなさんとはまた違うコミュニティだったりする。そういう考え方が、他者を発見するきっかけにも繋がる。

松原:自分にとっての「他者」は? そう問われたとき、最初はピンと来なかったんです。というのは、私は事業としてマッチング型のプラットフォームを10年ほどやっていて。常に他者に囲まれているし、他者が見つかるのはハッピーなことと捉えてきました。いかに他者が見えるプラットフォームを作り続けるかということが、私にはあたり前だったのかもしれません。思いもしない意見を出してくれる他者は「仲間」というのが、もはやポリシーみたいになっている。

:まとめになるかもしれないんですが……。世間でよく誤解されるのが、「PRってプロパガンダでしょ?」「黒魔術みたいに、人間の思考や行動を操作したり、支配したりすることができるんでしょう?」っていうこと(苦笑)。でも逆に、「PRって慈善事業でしょ?」「社会をもっとよくしたいっていう、経営者の熱い思いから生まれるものでしょ?」っていう意見もあって、極端なんですね。

歴史を研究している者から見ると、PRは必要に迫られて生まれたものです。そういう意味では、嶋さんがおっしゃった「テクノロジー」という概念がぴったりかもしれません。そして菅原さんがおっしゃる「他者の発見」について。政府、企業、自治体、市民団体、学校など、担い手は様々ですが、今回のように明確な危機的状況に置かれたときに初めて、それぞれのコミュニティの中で「私にとって他者って誰だったんだろう?」というように問い直されることになります。

まさにこのコロナの時代にPRが力を発揮できるのは、前代未聞の問題的状況で各組織が共通の問題を抱えつつも、それぞれにとっての「他者」を見つけていく可能性が開かれているからこそだと思います。無理して他者を見つけるんじゃなくて、自分の問題的状況からアプローチをしていく。そうすれば、自ずと他者が見えてきて、自己との関係も明確になっていくはずです。

菅原:確かにそうですね。本当はこういう状況にならずしてそれができたら一番だと思いますが、こういう状況になったからこそ見えてくるものは当然あると思う、企業でも個人でも。個人の話でよくあるのが、「この状況になって初めて、本当に大事にしなきゃいけない人が誰かわかった」という話ですよね。

それって自分にとっての他者、松原さんにとっては仲間を見つけることだし、企業にとっても、例えば新しくマスクをつくった企業は自分たちの技術で助けられる他者を見つけられたわけですよね。やっぱりこの状況だからこそ、自分たちが幸せにできる人、幸せにしたい人を再定義できるタイミングなんだなと改めて感じました。

三浦:さらに言うと、我々PRのプロフェッショナルにとっては、「今まで大事にしてこなかった人を大事にしなきゃいけない」ということを再発見しなきゃいけないタイミングでもある。

:多くの企業は、自分が置かれている問題と実は非常に密接に関わっていて、問題を突破するために必ず必要な「他者」の存在に意外と気づいていないのかもしれません。だからこそPRパーソンは、そのずれを超えて、マッチングを行なっていく。これがおそらく期待される才能・素質ではないかなと思います。

場所ではなく、時間を共有することで見えてくる価値

菅原:とある会社が最近、明らかに自分たちのミッションではないことで新規事業を始めたと気づいたんですよ。ミッションドリブンではなく、その会社が持つ強みドリブンで。それを見て、企業が「やりたいこと」じゃなく「できること」で世の中に貢献していくという考え方も持っていていいんだな、と。もしかするとそのなかで、他者を発見できるのではないかと感じました。

松原:違う社会を見ることで、新しい他者が見つかることがありますよね。そこでミッション、バリューをどうやって構築し直すのか。そのスピードや思い切りが、企業には問われている。経営者に対して、社会の状況を伝えるのがPRの役割でもあると思いますね。経営者はミッションドリブンになりやすいから。

菅原:他者を見つけるという意味では、必ずしもミッションドリブン、ビジョンドリブンじゃなくてもいいというのは大きな気づきでした。嶋さんは別の打ち合わせがあり途中退席となりましたが、最後にお三方が今日改めて見えてきた世界、学びや発見があればお聞かせいただければと。

松原:私はやっぱり、最後の他者の話がすごく学びでしたね。Withコロナの時代において他者の存在に気づくことが、PRパーソン個人がどうあるべきか、所属する企業がどうあるべきか、私たちの社会がどうあるべきかということを見つけるためのきっかけになる。他者というキーワードをこれからも大事にしていきたいと、みなさんのお話を聞いて思いました。

:みなさんとのお話を通じて、研究者と実践者ってけっこう通じてるなと感じました。特にこのPRという概念、現象においてはまさに両輪的な関係で、お互いに問題意識を共有していることが個人的な発見としてあって、とても嬉しかった。私はどちらかというと、これまでのPR(歴史)を考えてきましたが、これからのPRを考えていくうえでも、キーワードはやはり「他者」であると。松原さん、三浦さん、嶋さんのそれぞれのお言葉から、共通する何かを感じたんですね。変わらないのも他者で、変わっていくのも他者なんだなということを、再度実感できるような時間でした。

三浦:一つは、本当にお二人の言う通り「他者」という概念ですね。他者への想像力って、これはおそらく見城徹氏が初めてビジネス業界で口にした言葉だと思うんですけれども、それは得てして口説きたい相手、ビジネスの相手、恋愛の相手、大切な特定の相手に向けられたものだったと思うんです。その人のことをどれだけ深く考えられるか。でも今求められているのは「他者への想像力2.0」で、自分の知っている他者だけではなく、世界中にいる無数の他者をどれだけ平行に結び付けられるかなんですよね。

この解像度を上げることがPRパーソンの役割であり、マーケティング的にはビジネスチャンスであるということが、今回のコロナという世界一律同時危機により可視化されたんじゃないかということです。

そしてもう一つ。今回話していたこととは違うんですが、イベントの概念が変わると思ったんですよ。これまで、「場所」を共有して大騒ぎすることだったのが、こうやってオンラインで「時間」を共有していること。これ、後から録画したものを見ても、あんまりテンションが上がらないんじゃないかと思うんです。

菅原:今、この時間を共有していることが大事ですよね。

三浦:なんだかんだ悩みながら僕たち5人が話す、この時間の共有そのものが大きい価値を持つものになるんだろうな、というのを改めてすごく実感しました。というわけで、時間を共有していただいてありがとうございます。

菅原:先ほど、自分が見えない他者を慮ることが大事だというお話がありましたが、今すぐ僕らが出来ることは、不要不急の外出は避けること。PRパーソンならば、想像力を働かせて、自分自身を律しましょう。というのを締めの挨拶とさせていただきます。本日はありがとうございました。

“他者”への想像力の拡張が、いまPRパーソンに求められている

これまで自分が気づいていなかった他者への想像力を、いかに働かせられるか? 世界が同時に危機的状況に置かれた現在、この想像力を持つことがあらゆるコミュニケーション活動に必要不可欠なのだと感じました。どれだけ行動が制限されていても、各人が思考を広げることはいくらでもできる。現在の制約の多いビジネス環境を、むしろ好機に捉える前向きさも忘れてはいけません。

そして、誰よりも複眼的視点に立って社会を見渡し、その時々で最も適切なステークホルダーとの橋渡しをする──これがPRパーソンの本質的な役割であると、改めて認識させられました。(編集部)

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