大衆消費社会とパブリシティの発展期—— パブリック・リレーションズの歴史をたどってみる【vol.4】

text by Yu Oshima(PR Table)

自分が関わっている仕事は、どのくらい昔からあったのか。そもそも発祥の地はどこなのか。どんな経緯、どんな背景があって、現代に受け継がれてきたのか——。考えてみたことがあるでしょうか? 日々、私たちが当たり前のようにふれていること。すべてのものごとには必ず、なんらかの”歴史”があるものです

 

もちろん、パブリック・リレーションズ(PR)にも。

 

目の前の仕事に一生懸命になっていると、なかなか過去を振り返っている余裕はないかもしれない。でも私たちが歩んでいる1本の細い道は、たしかに過去から現在へとつながれてきたもの。そこには、たくさんの資産があると思うんです。この道を切り拓いてきた先人の想いだったり、思いがけない起源や背景だったり。

 

そして、そうした歴史をたどることで、きっとこの先の未来が一体どっちに向かっていくのか……その道筋を示してくれる、ささやかなヒントも得られるはず

 

ではご一緒に、PRの歴史をたどる旅をはじめましょう——。

 


▼ vol.1から読む

PRの発祥は19世紀のアメリカ—— パブリック・リレーションズの歴史をたどってみる【vol.1】

PRの舞台は政治から民間企業へ—— パブリック・リレーションズの歴史をたどってみる【vol.2】

企業課題を解決するPRエージェントの登場—— パブリック・リレーションズの歴史をたどってみる【vol.3】


政治の世界において、プロパガンダ的に利用されたPR

【vol.3】では、19世紀末〜20世紀初頭のアメリカで活躍したPRエージェント、アイビー・リー(Ivy Lee, 1865-1934)についてご紹介しました。

アイビー・リーと同時代に活躍した人物の中には、エドワード・バーネイズ(Edward Bernays, 1891-1995)などがいます。バーネイズが1923年に出版した著作『世論を結晶化する』は、Public Relationsに関する最初の書籍であるといわれています。

ただこの時代のPRは非対称性が強く、どうやって一般大衆を政治主導者や企業・組織側の視点に寄せるかに重点が置かれていたといいます。1910年代の第一次世界大戦期から第二次世界大戦が終わるまでの期間、当時の世相ともあいまって、Public Relationsはプロパガンダ的な手法のひとつとして世界各国で利用されていくことになりました。

経済の急速な繁栄、そしてPublic Relationsが日本へ

1945年に第二次世界大戦が終わると、時代は大衆消費社会へと突入します。経済が急速に繁栄しはじめると、これまで主に政治の舞台で使われてきたPublic Relationsが、企業活動の一環として行われるようになったのです。

この時代にアメリカの企業で多く用いられていたPRの手法は、マーケティングと強く結びついていました。一般家庭にTVが普及したことなどにより、企業の宣伝活動が活発に行われるようになったためです。

ちなみに、日本に「Public Relations」の理念が入ってきたのが、まさに戦後の1940-50年代。そのため同時期のアメリカの影響を受け、日本では「PR=パブリシティ」という解釈が浸透してしまったという背景があるそうです。

日本におけるPublic Relationsの黎明期

Public Relationsの理念がアメリカから持ち込まれる以前にも、日本ではいくつかの企業が広報活動に取り組みはじめていました。いわゆる企業のPR誌や社内報も、1900年代にはすでに登場していたようです。

企業によって実践される形はさまざまではありましたが、Public Relationsは、社会からの理解・承認を受けるために欠かせないプロセスとして認識されるようになりつつありました。

1950年代になると、日本でも日経連(日本経営者団体連盟)の中に「PR研究会」が誕生するなど、Public Relationsを研究する動きが生まれはじめます。関連書籍が発売され、一部の大学でもPRの講座が開かれるようになったのです。

この時期はアメリカでも、Public Relationsについての教育がどんどん進んでいた時代です。主要教育機関での専門講座開講が推進され、1964年には14の大学でPublic Relationsの学士号が授与されることになりました。

高度経済成長の時代に突入

1950年代後半に高度経済成長がはじまると、日本も大衆消費社会に突入しました。あらゆる企業が、新聞やTVなどのマスメディアを活用したパブリシティをさかんに行なうようになります

得にTVが急速に普及したことによって、TVCMを通して企業メッセージが一般家庭へと伝えられ、さまざまな企業イメージが作られていくことになりました。

この大衆消費社会の弊害が生まれ、本当の意味での「社会との良好な関係構築」——企業の社会的責任が問われるようになるのは、1960年代に入ってからのことです。

 

——— vol.5につづきます————

<参考文献>
河西仁(2016)『アイビー・リー -世界初の広報・PR業務-』 同友館.
猪狩誠也(2007)『広報・パブリックリレーションズ入門』 宣伝会議.
井之上喬(2006)『パブリック リレーションズ 戦略広報を実現するリレーションシップ マネジメント』 日本評論社.

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