急速なテクノロジーの進化により、これまでになかったサービスや価値観が生まれている今、イノベーションを加速するための新たなルールづくりや規制緩和が求められています。そして「ソーシャルグッド」という価値観が普及すると同時に、企業経営においては、社会課題解決を意識した官民協働での取り組みも増えてきています。

政府や公共・非営利セクターと企業のよりよい関係を構築する「パブリックアフェアーズ」の業務はますます重要度を増し、積極的な活動になってきているといえるでしょう。

今回は、ソーシャルイノベーター・専門家・ガバメント関係者・市民の4者を結びつけるオープンなルールメイキングのプラットフォーム「Pnika」を設立された隅屋輝佳さんに、官民問わずあらゆる人が仕組みづくりに関われるようになるべきだという「ルールメイキング」の考え方についてお話をうかがいました。


Profile

隅屋 輝佳 Teruka Sumiya
一般社団法人Pnika代表理事
イノベーターが制度設計者や専門家、市民とつながり、協働で法制度設計を行うことを可能にするクラウドロー・プラットフォームPnikaを運営。また、慶應大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の修士課程にて「非専門家による法規制改正提案の支援を行う自律的実践プロセスの設計と評価」を執筆。その他、NPO法人ミラツクにてインタビューと質的調査手法を用いたアイデア創出のためのツール作りとオープンイノベーションによる事業創出支援や株式会社LIFULLにてブロックチェーンを用いた新規事業創出に取り組む。


ルールは“守るもの”のではなく、“つくるもの”

― 隅屋さんがルールメイキングに関心を寄せるようになった経緯を聞かせてください。

隅屋 輝佳さん(以下、隅屋):きっかけは大きくふたつあります。ひとつめは、青年海外協力隊で赴任したウガンダでの経験です。

私は高校生の頃から紛争の予防に関心を寄せていて、将来国連職員になること目指していたんです。大学卒業後、ベンチャーで事業立ち上げを経験した後、途上国の現状を実地で知りたいと思い青年海外協力隊に応募し、2年間ウガンダに派遣されることになりました。

ウガンダでは自治体職員として、コミュニティ開発に取り組みました。NGOや国際機関が井戸などの水源をつくっているのですが、どうしても数年経つと壊れてしまうので、長期的に使えるようにメンテナンスしていく必要があります。そのための資金集めと技術者育成を、コミュニティに内包される形で行い、長期的に維持していく仕組みを構築するというのが私の役割でした。

― 難しそうな業務に感じられますが……。

隅屋:そうですね。2年間の赴任期間のなかで、うまくいったかと聞かれると、正直難しいものがありました。当時資金集めの際のネックとなっていた銀行振込の手数料が高いという問題に、今ならブロックチェーン技術が活用できたかもしれませんが、当時はその発想もなくて苦戦しました。そもそも“水源”をつくるのならば、汲みに行くのが大変な井戸ではなく、何か違う方法があるのではないか?そんなことを考えたりもしましたが、簡単に答えは出ませんでした。でも、うまくいかなかった経験を通して、初めて仕組みの構築やルールづくりに目がいくようになったんです。

ずっと国連職員になることを目標にしてきましたが、仕組みづくりやイノベーションを通じて課題の根本を解決することのほうが、私にとってはワクワク感が大きいし、世の中にインパクトを与えられるのではないかと考えるようになりました。

―「どういう立場で仕事をするか」ではなく、「どういう仕組みをつくれる人になるか」という視点のスイッチですね。

隅屋:そうですね。ルールメイキングに興味を持ったきっかけはもうひとつあります。

海外青年協力隊の活動を終えてウガンダから帰国した後、慶應義塾大学大学院のシステムデザイン・マネジメント研究科に進みました。複雑な問題の解決を分野横断的に考えていく学問です。

研究と並行して、オープンイノベーションを推進する「ミラツク」というNPOでも活動しました。そこでもやはり、社会課題の解決には、制度の問題がボトルネックになっていると感じることが多くありました。そんななか、デンマークの教育について知る機会があったんです。

― デンマークの教育にはどんな特徴があるのでしょうか。

隅屋:ひとことで言えば、ルールを“守る”教育ではなく、ルールを“つくる”教育なんだそうです。たとえばオフィスにスリッパを並べておく際のルールをつくるとします。普通に考えれば横一列に並べるのが自然だと思いますが、もし車椅子でそこを通る人がいるとしたら、また違った並べ方になりますよね。

スリッパを並べるというルールひとつ取っても、ルールは状況によって変わりうるわけです。その中で、自分自身がステークホルダーとして主体的に考え、どのような合意形成をしてルールをつくっていくかを学びましょうというのがデンマークの教育のあり方なんです。

この考え方を知って、目からウロコが落ちる思いがしました。「そうか、ルールってデザインできるんだ!」と。それ以来、明らかに自分のマインドセットが変わって、ルールをつくること、そのためのプラットフォームをつくることに研究の方向性を舵切りすることにしたんです。

まさに、隅屋さんの中にルールメイキングの種がまかれた瞬間ですね。

隅屋:そうかもしれません。ルールメイキングについてリサーチしてみると、エストニアには、市民が政策提案をして、デジタル署名で1,000票以上集めることができたら国会審議にかけられるプラットフォームがプロトタイプで始動していることがわかりました。また、台湾では2014年に官民連携で行う参加型の政策立案プラットフォーム「vTaiwan(ブイタイワン)」が立ち上がりました。

世界中のさまざまな取り組みをみていると、こういうものを日本でもつくりたい、という気持ちが湧き上がってきたんです。そこで、パブリックアフェアーズを軸に活躍されている方をはじめ、いろいろな方に会いに行ってヒアリングを行いました。

その中で「面白いアイデアだけど、プロトタイプでもいいからみんなが乗っかっていけるような形をつくらないと動き出せないよ」というアドバイスをしてくれた、後の立ち上げメンバーの一言があって…。「じゃあ、まずはつくってみよう」といって始まったのが「Pnika」なんです。

それぞれの立場で課題意識を持ち寄って主体的にルールメイキングに取り組む

― Pnikaには、どんなキャリアを持った方がジョインしているんですか?

隅屋:コアメンバーには、プラットフォームを開発するエンジニアや弁護士、行政書士試験合格者も所属しています。また、地方自治体のデジタル化に関わってきたメンバーや、コンサルとして規制緩和ツールをはじめとする制度設計に携わっているメンバー、直接民主制の研究者や、これから就職して、スマートシティなど合意形成が重要な仕事をする予定のインターン生がいます。

Pnikaを立ち上げたのは私ですが、私が“率いている”組織というよりは、一人ひとりがそれぞれに課題意識を持っているんです。互いに意見をぶつけ合いながら仮説検証を進めていこうという、とてもフラットな組織です。

― それぞれのメンバーが、これまでに携わってきた仕事で感じた課題意識を持ち寄ることで、さまざまな視点での検証が可能になりそうですね。

隅屋:今の日本で、本業を通じてルールメイキングしていくのは現実的には難しい状況です。コラボメンバーには行政書士の方が多くPnikaに登録してくれているのですが、その背景には、本業ではすでに決まった法律の枠組みの中で業務を進めるしかないという現状があります。もっと現代社会にフィットした、よりよい方法があるのではないか? そう思いつつも、言える場所がないという葛藤があるのではないかと想定しています。

今の日本では、本当の意味で“中立”の立場で政策を提案できる機関はほとんどないんです。

― なるほど、そうかもしれません。

隅屋:例えばアメリカが二大政党制を取れるのは、官民の人材の流動性が高く、民間のシンクタンクにも、しっかりとした政策提言ができる力があるからです。だからこそ野党も積極的に政策を出していくことができる。一方日本では「唯一のシンクタンクは霞ヶ関だ」と言われるくらい、民間で官庁に代わって政策を出していける力はまだまだ育っていないというのが現状です。

そんななか、さまざまな領域で活躍している人たちが知見を持ち寄って、ルールメイキングを実践していける土壌をつくることは、民間で独立した政策提言機関を確立していくうえでの布石になると考えています。

ステークホルダーを巻き込んで、一緒にルールをデザインしていく

― お話をうかがっていると、私たちが普段、いかに“枠の中”でものを考えているかということを痛感します。民間企業でも個人でも、もっと「こうしたいんだ」という意志をもって社会を見直してみることが大切ですよね。

隅屋:その通りだと思います。課題解決にトライする人、イノベーションを起こす人は、既存のルールの枠組みには収まらないアイデアを持っています。ルールは変えられないものだと思い込んでいては、なかなかブレイクスルーできません。

また、デンマークの「ルールを“つくる”教育」についてお話しましたが、ルールをつくる際に欠いてはならないのは、「ステークホルダーとどのように合意形成していくかイメージできているか」という視点です。

イノベーターは、事業の成長にともなうステークホルダーとの関係構築や社会の変化について、リスクを完全にゼロにすることはできないかもしれませんが、準備をすることはできるはず。自分たちの力だけではなく業界団体をつくってリスクヘッジに積極的に取り組む、身近な人たちに丁寧に説明し意見を吸い上げて理解を得るなど、ステークホルダーを巻き込んで、一緒にルールをデザインしていく行動力が求められているのです。

古くから日本に根づく「陳情モデル」ではなく、もっと開かれた場で、相互の信頼に基づいて行われたルールメイキングでないと、もはやワークしない時代になりつつあると感じます。

― これまでルールメイキングに関わったことのない人が大半だと思います。「Pnika」の中でも、高度な知見をもった人材と、課題意識はあるけれど経験はない“初心者”が交流することで、ルールメイキングの裾野が広がっていきそうですね。

隅屋:現状としてルールメイキングの世界にアクセスできていない人でも、「Pnika」を通じてリソースを得て、イノベーションを牽引して行ってほしいと思います。また一方で、イノベーションの現場の声を、官僚や議員など政策をつくっている側はとても欲しがっています。その両者をつなぐ役割を「Pnika」が果たしていければと思っています。

いろいろな課題が集まるなかで感じるのは、まさしくルールメイキングそのものの課題だということもあれば、ルールの障壁ではなく、背景にほかの課題が隠れていることもあるということです。「Pnika」というプラットフォームの中で多様な問題提起が行われ、官民の専門家やイノベーターの議論が活発に交わされて、ルールメイキングの市場が成熟していけばいいなと思います。

ルールメイキングの実践に必要なのは、情報開示と信頼関係

― 今、「Pnika」ではいくつかのプロジェクトが公開されています。そのひとつに「サウナ×ルール」がありますね。河や湖など自然の中で楽しむフィンランド式のサウナの運営が、河川法や公衆浴場法、消防法といった規制によって難しくなっていることから、実態に即していないルールを改正して事業を成長させていきたい、というものです。実際にプロジェクトを公開してみて、何か変わったと感じることはありますか?

隅屋:課題が可視化されたことで、イノベーター自身の人脈だけでは届かないような人と繋がれるようになりました。同じように課題を抱える同業者や、公衆浴場法を管轄している厚生労働省の担当者の方からアドバイスをいただけるようになりましたね。やはりオープンにすることで、“誰かの課題”ではなく“みんなの課題”にできるというところに意義があると感じています。

― オープンにする、その塩梅を見極めることが大事ですよね。従来の陳情モデルのように、クローズドなルートを持つ人だけがルールメイキングを管轄する人にアクセスできるというパターンからの脱却は必要ですが、極端な話をすれば、どんな人でも官庁に電話をすれば“政策提言”ができるという完全にオープンな場も想定できますし……。ルールメイキングのためのコミュニティは、どのような形が適切だと思われますか?

隅屋:そうですね……。もちろん、「管轄官庁に電話をして話を聞いてもらう」というのも方法のひとつで、実際そうすることもあります。

ただ、やはり知らない人が急にやってきて「ルールメイキングしたいです」と言われても、ちょっと身構えてしまうと思うんですよね(笑)。それはどんな場面でも同じで、自分が信頼している人に紹介されたほうが、関係性は構築しやすいと思います。

「Pnika」では、ルールメイキングの場を、これまでのように「特別な鍵がなければ入れない秘密の部屋」のようにはしたくないと考えています。関係性を構築するためには欠かせない“信頼”が約束されていて、かつオープンな性格を兼ね備えた場になるよう、サポートしていくのが私たちの役割だと思います。

飛び込んでみることを恐れずに、ステークホルダーと共通のビジョンを描いていく

― これからルールメイキングの世界に足を踏み入れてみたいと考えている人にアドバイスをお願いします。ルールメイキングに必要なマインドセットとは何でしょうか?

隅屋:これは私たち自身も意識して実践していることなんですが、「飛び込む勇気を大事にする」ということですね。ルールメイキングを進めようとすると、ステークホルダーの方が我々の存在を好意的に受け容れてくれるだろうか? と緊張することもあります。また、つくろうとしているルールに反対意見を表明している人には声をかけにくいと感じることもある。

でも、反対の立場にいる人ほど、いち早くコンセプトづくりの最初のタイミングから入っていただくべきなんですね。あれこれ進めた後で「最後に許可だけもらいに行こう」などと考えていては、合意形成にはほど遠い結果になります。最初のアジェンダ設定で信頼関係を築けたときに初めて、共通のビジョンを描くことができるようになるんです。

ただ、すべてのステークホルダーと合意形成を図ろうとすると、誰にとっても不完全燃焼な結果に終わってしまうということが起こりがちです。本当の意味でWin-Winになれるルールづくりにチャレンジしていくことが、これからは重要です。その方法はファシリテーションスキルなのか、テクノロジーに立脚したデータの集め方なのか、まだ結論は見えていませんが、今後もっと研究を重ねて追い求めていくべきところだと考えています。

― なるほど。表面的ではない、丁寧な議論を重ねながら信頼関係を構築していくことが求められますね。最後に、「Pnika」の活動を通じて、さらに高めていきたいルールメイキングの姿についてビジョンをお聞かせください。

隅屋:そもそも日本では、ルールメイキングに民間が主体となって関わる土壌が整っていません。チャネルも少ないし、情報の流通にも課題がたくさんある。台湾の政策立案プラットフォーム「vTaiwan」に関わる方にもお話をうかがっていますが、オンラインツールへの信頼度やリテラシーは、日本は台湾ほど高くないので、同じ手法をそのまま日本で再現しても成功するのかどうかは未知数です。

「民主主義を勝ち取った国」と違って「民主主義を与えられた国」である日本は、声をあげて自由や権利を勝ち取る国民性が育っておらず、サイレントマジョリティが特に多いという課題があります。そんな中で政治への無関心を払拭し、当事者として関わってもらうためには、本当にいろいろな手法を使ってチャレンジしていくしかないと思います。

海外諸国でも、それぞれにルールメイキングの課題は抱えています。日本での成功モデルができれば、そのモデルはきっと海外への輸出もできると考えています。

「Pnika」がすべての問題をクリアできる解になれるとは思っていません。まずは今までサイレントマジョリティだった人が、ルールメイキングというものに興味のアンテナを立ててくれるようなチャネルのひとつになればいいな、と。そしていつか、ルールをつくる側に回って情報発信をしていってくれる、そんな循環ができたら素晴らしいですね。

まずは“場”をつくるところから。日本のルールメイキングは、そこから回り出す

民間による政策提言やロビイング文化が定着しているアメリカなどの諸外国に比べると、日本のルールメイキングやパブリックアフェアーズは、今が黎明期なのかもしれません。まずはルールメイキングの議論がはじまる“場”をつくろうと立ち上がり、「この指止まれ」と高く手を挙げた隅屋さんの語り口はとてもパワフルで、ルールメイキングの未来を明るく感じさせてくれました。

印象深かったのは、ステークホルダーとの関係構築についての「反対意見を持つ人を最初から巻き込んでいけなかったら、そのプロジェクトはその時点で詰んでいます」と明言されていたことです。パブリックリレーションズに携わる者ならば誰でも肝に銘じておくべき心得だと感じました。

Pnika」では、専門家でなくても、好きなプロジェクトにジョインしてルールメイキングの過程を見ることができます。社会を変えていくイノベーターには欠かせないスキルとなるであろうルールメイキングの現場を、ぜひ体験してみてはいかがでしょうか。(編集部)

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