現在、注目が集まっている「デザイン経営」。それを導入しているのは、スタートアップやメガベンチャーなど新興企業がほとんどだと考える方は多いでしょう。いわゆる「日本の大企業」に勤める人は、それを実行するのは困難だとハナから諦めるか、あるいは気鋭のデザインファームに依頼することで、その糸口を掴もうと試みるかもしれません。

そんななか、パナソニックは自らデザインの可能性を追求し、変革を遂行し続けています。その象徴の一つとして生まれたのが、2018年4月京都に開設されたアプライアンス社デザインセンターです。

新拠点ではこれまで二つに分かれていた家電デザイン拠点を集約し、他部署や外部パートナーとの共創を手がかりに、新たな製品開発がスタートしています。今回はその所長であり、2019年4月に全社部門であるイノベーション推進部門内に新設されたデザイン本部本部長も兼務する臼井重雄さんを迎え、デザイン経営を実践から紐解きます。


Profile

臼井 重雄 Shigeo Usui
パナソニック株式会社 デザイン本部 本部長(兼)アプライアンス社デザインセンター所長

1990年、松下電器産業株式会社(現パナソニック)に入社。テレビ、洗濯機などのプロダクトデザインを手掛ける。アジア向け白物商品のデザインを長年担当し、2007年に中国(上海)に赴任。デザインセンター中国拠点長として一から組織を立ち上げ、現地発のデザインを生み出す集団へと成長させる。2017年にはアプランアンス社デザインセンター所長として京都拠点集約をはじめとする家電デザイン部門の変革を主導。2019年4月、パナソニック全社のイノベーション推進部門のデザイン本部を立ち上げる。


京都に新たなデザインの拠点を

─ このオフィスは本当に、京都のど真ん中にあるんですね。京都駅から地下鉄一本で来られますし。

臼井 重雄さん(以下、臼井):そうなんです。当社は滋賀県草津市と大阪府門真市に大きな拠点があるので、新たに拠点をつくるなら、ちょうど中間にあたる京都がいいだろう、と。150名ほど入れるようなオフィスを探すのも難しくて、「近くの町家をいくつか借りて、自転車で移動するようにしようか」なんて、いろいろと考えていたのですが、いいところが見つかってよかったです(笑)。

─ なぜ、新たに京都へデザインセンターをつくることにしたのですか。

臼井:僕は2007年〜16年まで上海のデザインセンターに出向していたのですが、ちょうど中国が劇的な発展を遂げ、新興メーカーが勃興している最中で一から組織を立ち上げ、かなり刺激を受けることができました。それで、日本に帰ってきてみると、あまりに日本の組織が変わっていないことに驚いたというか、危機感を覚えたんです。

─ 変わっていない、というと?

臼井:中国では組織に多様性があって、女性や若者が働いている比率も高かった。でも日本は……、誤解を恐れずに言えば「おじさんばかり」という感じ。また、スマート家電が主流となっていくなかでは、ソフトウェアとハードウェアを連動させなければならない。そう考えたとき、黒物家電をつくる門真と白物家電をつくる草津の2拠点をまとめなければ、パナソニックのコアコンピタンスである総合力を発揮できないと考えました。

これからは、「家電」というカテゴリさえあくまでひとつの手段でしかない。住空間のクオリティを高め、暮らしの価値を高めるために、パナソニックは何ができるのか、ということですね。そこにはデザインとしての一貫性や、ネットワーク連携を考えることが不可欠となります。

それで、2017年1月から家電デザインの責任者を務めるにあたって掲げたのが、「ピープル/人」「プロセス/やり方」「プレイス/場所」、この3つを改革する方向性です。2018年にちょうどパナソニックが100周年を迎え、経産省なども「デザイン経営宣言」を公表したのもいい後ろ盾というか、着火剤となりました。

─ そこでまず改革の足がかりにしたのが、京都デザインセンターの立ち上げだったわけですね。どのように進めたのですか。

臼井:新しいことにトライするということで、誰かブレーンを入れようと打診したのが、当時イギリスのクリエイティブコンサルティングファーム「シーモアパウエル」に勤めていた現・パナソニック株式会社 アプライアンス社 デザインセンター / デザイン統括部(FLUX)クリエイティブディレクターの池田武央でした。

彼にはデザインシンキングに基づく課題解決を進めるなか、社内のデザイナーへのインタビューや、新たなオフィスのあり方や改革案の策定に外部パートナーとして関わってもらっていたのですが、ある程度骨子ができた段階でぜひ内部からこの改革に携わってもらいたいと、2018年4月に新設した「デザイン統括部(FLUX)」の代表をお願いすることになりました。

大枠としてあったのは、ここを「デザインだけの場所にしない」ということ。開発拠点となると、通常なら「デザイン上の機密事項があるから」とクローズドになりがちだけれど、活動自体をできるだけオープンにして、場所も解放し、さまざまな方が集まることで、ここがパナソニックにおける「クリエイティブハブ」の機能を果たしてほしいという狙いがありました。

デザインのプロセスが体現された「場所」と「人」の構造

─ 「プレイス/場所」がこのデザインセンターとすれば、「ピープル/人」「プロセス/やり方」はどのように変えていったのでしょうか。

臼井:もとはと言えば、我々はプロダクトデザインが圧倒的多数を占めるような組織で、商品開発のプロセスで言えば、最後の仕上げを担当する役割を担っていたわけです。けれどもこれだけ顧客の価値観や市場ニーズが多様化してくると、「炊飯器の新機種を開発する」ではなく、「そもそも炊飯器のあるべき姿とは?」というところから考えなければならない。そのためには、150名余いるプロダクトデザイナーをさらにドライブさせる組織にしなければならないと考えました。

そこで、池田を筆頭に、ストラテジストやリサーチャーなど、内部に足りない職能を持った人材を外部から巻き込みながら、インハウスデザイナーも役割やプロセスを変化させていって、デザインセンターのあるべき姿の土台を1年かけて築いていきました。

─ 具体的にはどのように変えていったのでしょうか。

臼井:たとえば、これまで当社では……というか、日本の多くのプロダクトデザイナーもそうだったと思いますが、個人がイニシアチブをとって、リサーチから戦略、設計、アウトプットまでやり抜く傾向があって、その力量によってクオリティが左右されるところがありました。だからこそ、デザイナーの名前が前面に出たり、スター的な存在が現れたりした側面もあります。けれどもこれからは、やはり「チームとして」機能させていかなくてはなりませんから、一人ひとりの得意不得意を踏まえ、しっかりと役割分担していくことにしました。

デザインセンターの構造にもその意図が表現されていて、デザインの「気づく」「考える」「つくる」「伝える」の4つのプロセスを各フロアに落とし込んで、上層階から広く情報を取り入れて、下層へ向かうに従って情報を抽出し、価値あるものを生み出すような流れをつくっているんです。

(画像提供:パナソニック)

臼井:そして具体的には、商品検討会の際にプロダクトデザイナーだけでなくコミュニケーションデザイナーらも交えて、社内外での連携を強化して考えていきます。ただ、2018年はかなりデザイン側に寄り過ぎてしまったという反省もあって、今年はより事業部と寄り添った動きを意識しています。事業部との兼任メンバーや事業責任者も含めて課題抽出を行って、何度もディスカッションして、デザインに落とし込んでいきました。

これまではどうしても、最終工程のキレイな部分しか共有していなかったのですが、初期段階からプロセスを共有することで、関わる人の多くが共感してくれるような、納得感の高いアウトプットが生まれるようになったと思います。

─ これまで単独で多くを担っていたデザイナーが、チームとして役割分担するにはかなり大きなマインドセットが必要かと思うのですが、いかがですか。

臼井:確かに、一人でやるよさもあるにはあるんです。ただパナソニックがこれから向かって行く方向性は、プロダクト単体でカバーしきれるものではない。幅広い分野をカバーしながら、パナソニックとして共通した世界観を保とうとするには、やはりチームワークが重要です。理想としては、それぞれにキャラクターがあり、スペシャリストで、チームとして動くことで製品の完成度が上がること。ですから、一人ひとりと面談して、その人の希望や適性を踏まえて大胆に配置換えを行いました。

― これまで担当してきた役割が変わることに対して、戸惑いの声はありませんでしたか。

臼井:全部が全部本人の希望通りになるわけではないですが、なるべく意見は吸い上げたいなと考えているんです。一度きりしかない人生のなかでこの会社に入って、大好きなデザインの仕事をやっていくわけなので、やはりその個人が輝かなければ組織も輝かないし、結局いい製品もできない。ですからなるべくWin-Winになるように心掛けています。面白いですよ。プロダクトデザイナーで造形のうまい人から「UXをやりたい」と希望がでてきたり、すごく発想の豊かな人に期待を込めて先行開発を打診してみたら、「この製品をつくりたいからパナソニックに入ったので、このまま続けさせてください」と断られたり……。

でも、逆にそれがいいなと思って。もともとうちの会社って「同じような社員が多いね」と言われていた経緯があったんです。みんなが中流で、大量生産大量消費の社会だったらそれもよかったんでしょうけど、これからの時代、「キャラがかぶるのは嫌」と言われるくらい、個性的でさまざまな人がいるデザイナー集団のほうが面白いじゃないですか。

デザイナー以外にも浸透していくデザインの概念

― デザインセンターはいわば、草津と門真の2拠点や各事業部をつなぐ役割もあるようですが、横断的なコミュニケーションは増えてきたのでしょうか。

臼井:専任の広報をデザインセンターにも置いたのは、対外的な講演や取材も数多くお受けすることになるだろうということもありましたが、当初より注力しようと考えていたのは社内への発信強化でした。これまでは「デザイナーって、何をやっているかわからない」と言われても、逆にその“秘密結社”感をプライドにしてきたところもあって。

― なるほど。

臼井:黒い服を着て、ミステリアスに思われるのがちょっと快感みたいな(笑)。そもそも、寡黙に創作する人も多いですから、人前で話すのは苦手、みたいな人もいるんです。だから、いきなり「オープンに」と言われても、「じっくりやりたいのに、いちいち説明しなきゃいけないなんて」と、戸惑う人もいる。けれども時代が変わり、ただ色や形をきれいに整えるだけでは、人を感動させることも難しくなりました。やはりオープンにして、さまざまな人と交わりながら、いい体験や製品、事業を作っていく方向へシフトしていかなければならないのです。

その呼び水として、ちょっとしたことでもなるべくイントラネットにアップするようにしているんです。他部署のメンバーがデザインを頻繁に目にするようになって、「デザインって、こんなこともやっているんだ」「これもデザインだったんだ」と、気づいてもらえるようになっていきました。そうしているうち、社内のデザインへの理解度はかなり高まってきたと思います。「そういえば、この間あの記事見ましたよ」とか、はじめて会った社員にも声をかけてもらえるようになりましたからね。

それと、意図していた以上に面白いことも起こっていて。まったくデザインと関連のない部署のメンバーから「話を聞いてもらえませんか」とメールをもらったり、この間なんて、デザイナーはおろか、アプライアンス社でもないカンパニーの若手社員から連絡をもらって、とある東証一部上場企業の会長さんに会ってくれないか、と会合がセッティングされたりしたんですよ(笑)。

― それは驚きますね!

臼井:「アプライアンス社と同様、暮らしをよりよくするという文脈で事業に取り組んでいらっしゃるので、きっと臼井さんと話が合うはずです」と。「どうしてそこまでやるの?」と聞いてみたら、「話したら、何か新しいことが生まれると思いません?」と飄々と返答されて。

これってすごいことだなぁ、と思うんですよ。他にもそんな風に紹介してもらった人が何人かいるのですが、そういういい意味で「意識高い系」みたいな人が、実はこの会社にはたくさんいて、デザインに興味を持ったり、デザインを価値として認めたりしてくれている。そういう社員を増やして、デザイナーだけでなくさまざまな人とともにデザインを考えることが、真の意味でのデザイン経営なのではないかと思うのです。

「お客様第一」に立ち返る

― これからデザイナーに求められる職能はどういったものだとお考えですか。

臼井:デザイナーに限らず、営業も技術者も、昭和の頃には既にできあがっていた職能ですよね。そう考えると、もしかしたらこの先その職業自体がなくなってしまうかもしれない。僕らも実験的にはじめているのですが、おそらくこれからはもっとそれぞれの職能がハイブリッドに組み合わさって、デザインやマーケティング、エンジニアも一緒になったチームにならなければ、新しい製品を生み出すことはできなくなっていくのだろうと思います。

ただそのときに、「自分でクリエイトする力」を放棄してしまって、「出来の悪いプロデューサー」のように全部外へ丸投げして、体裁だけ整えるようなことをしていると、デザイナーの存在意義はなくなってしまう。

やはり、パナソニックのデザインアイデンティティをきちんと形に落としたうえで、自分自身で手を動かしてクリエイトすることが大切なんです。さまざまな人とともにつくることも重要だけれど、最終的には自分の手で「つくる」というのが、インハウスデザイナーとしての本丸であり、大切なところなのではないかと思います。

― パナソニックのデザインアイデンティティとはどういったものなのですか。

臼井:デザインフィロソフィーとして「Future Craft」という言葉を掲げており、ここには「未来を丁寧につくりあげる」という思いを込めています

それともうひとつ重要なのは、やはり創業者の松下幸之助が言っていた「お客様第一」。これはまさに「ユーザーエクスペリエンス」ですよね。あくまでユーザー起点で物事を考えることは、今まさに僕らがやらなければいけないことでもある。

ですから、もう一度そこに立ち返るということ。真新しいデザインアイデンティティやフィロソフィーをつくるというより、この100年に渡る会社の歴史の中で、もともと持っていた理念を見つめ直して、丁寧にデザインして、ビジュアライズして、商品化して、ときにはコミュニケーションを設計して世の中に伝えていくことが、デザイナーの役割ではないかと思います。

― 「お客様第一」って、まさに「カスタマーファースト」ですよね。最近になって、ユーザーエクスペリエンスなどと表現されることもありますが、100年前から既に同じようなことが謳われていた、という。

臼井:そうなんです。ここ十数年でいろんなものに惑わされてきたかもしれないけれど、もう一度、改めて日本に暮らす者としての豊かさ、幸せを考えるべき時にきている。しかも僕らがつくっているものは、日用品として、日々触れるようなもの。ごく身近なものだからこそ、お客様のために誠実につくらなければならないと思うんです。

― それを踏まえたうえで、PRパーソンにできることは何だとお考えですか。

臼井:これまでは、デザインや社会貢献といったコア事業ではないことは、コストとみなされることもあったかもしれないけれど、いまはそれこそが企業のバリューとなり、パフォーマンスを生み出しています。PRとデザインの距離も肉薄してきていると思うんですよ。UXデザインはつまり、人の体験や幸せを設計することであって、社会の幸せにつながっていく。きっとそれはSDGsを達成することにも社会貢献にもつながりますよね。そういった時代のコミュニケーションのあり方は、間違いなく変わらざるを得ない。「この商品をたくさん売りましょう」というものではなく、会社の姿勢やフィロソフィーを伝えようとするものになってくると思うのです。

だからこそ、外にばかり目を向けるのではなく、社内の「トレジャーハンティング」というか、ほんの身近なところに目を向けてみると、実はものすごく面白い人やチームが見つかるのではないかと思います。僕も、最近ようやくそれに気づいたところですけどね(笑)。

デザイン経営が、組織の「内なる力」を引き出す

「この場所が生まれたプロセスそのものが、デザイン経営が機能している証拠だと言えるかもしれません」という臼井さんの言葉通り、今回取材したアプライアンス社デザインセンターは、これまでまったく拠点のなかった京都に新たに開設するという、大胆な意思決定によって実現されたものでした。それによってインハウスデザイナーが新たな役割を見いだし、社内外の交流によって新たな才能が掘り起こされる様は、意思決定すらままならない多くの日本企業が参照すべきことなのではないかーーそんなことを考えさせられました。(編集部)

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