NHK在籍時には「番組をつくらないディレクター」と名乗り、アプリやSNS、イベントなど型にはまらない企画を次々と実現していった異色のディレクター・小国士朗さん。なかでも、認知症の啓発プロジェクト「注文をまちがえる料理店」は大きな話題を呼びました。

ディレクターでありながら番組にこだわらない企画をされていた背景や、そのなかで培われた共感される情報の届け方、プロジェクトを立ち上げる際の仲間の集め方など、小国さんならではの関係構築の秘訣をうかがいました。


Profile
小国士朗さん Shiro Oguni
株式会社小国士朗事務所 代表取締役/プロデューサー
2003年、NHK(日本放送協会)に入局。ディレクターとして『クローズアップ現代』や『プロフェッショナル 仕事の流儀』などのドキュメンタリー番組を制作。2013年には社外研修制度を利用して、電通PR局で勤務。その後はNHKで開発推進ディレクターを務めたほか、個人プロジェクトとして「注文をまちがえる料理店」を企画。2018年6月に退局し、株式会社小国士朗事務所を設立。個人でプロデューサーとして活動されている。


番組をつくれなくなって、「おいしいな」と思ったんです

―小国さんはNHK在籍時代、『クローズアップ現代』や『プロフェッショナル 仕事の流儀』などNHKの看板番組の制作にも携わっていましたが、そこから「番組をつくらないディレクター」になったのは、どんな転機があったんでしょうか。

小国さん(以下、敬称略):もともと僕は番組づくりが大好きでした。最初は面白くて仕方がなかった。でも、入って8年くらい経った頃から少しずつ違和感をおぼえるようになってきたんです。

NHKの人間は、心血注いで良い番組をつくっている自負があります。でも一方で、「観られてない」ことも知ってるんですよ。視聴者の高齢化が進んでいて、30~40代がターゲットの番組なのにその年代は全然観てくれていない。「じゃあ、どうやったら観られるのか」、その頃から考えるようになったんです。

でもしばらくは、目の前の番組づくりに忙殺されて、プロモーションや他の活動に手をつける余裕がありませんでした。良い作品はできるけど、流通しない。みんな分かっているけど変えられない、という状況にモヤモヤを抱えながら過ごしていました。

そんななか、否応なしに番組をつくれなくなる出来事が起こりました。2013年に突然、心臓の病気で倒れたんです。なんとか一命はとりとめましたが、医者には「もうディレクター業はおすすめしません」と言われました。それで、番組づくりはやめなきゃいけなくなったんです。

―それは……。一命を取り留めたのは幸いでしたが、順風満帆なキャリアを築いていたときに、つらい出来事でしたね。

小国:最初は落ち込みました、番組づくりが好きだったので。でも、3カ月くらい経った頃から「これはおいしいな」と思うようになりました。

―おいしい、ですか……?

小国:これで番組つくらなくてよくなると。

番組づくりのレールから外れて伝える仕事に注力することは、ディレクターをやり続けていたら無理だったと思います。でも、病気をしたおかげで、初めて堂々とそのレールから外れることができるんだと気づいたんです。そのときに「NHKの価値や魅力を届けるひとになろう」と決めました。

ちょうどその頃、企業留学制度がはじまったんです。「電通のPRセクションにどうか」と声がかかって、二つ返事で行かせてもらうことになりました。

―伝える仕事をしようと思ったときにPRセクションで働くとは、うってつけですね。

小国:本当にタイミングいいですよね。病気から立ち直ったタイミングで、電通に行けるようになった、と(笑)。

電通に企業留学していちばん良かったのは、初めて外からNHKを見ることができたことですね。いったん外にはみ出して客観的に見たときに、NHKってこんなにポテンシャルがある会社なんだって、心から思ったんです。

まず、受信料で支えられているため他と比べても圧倒的に恵まれた制作環境があります。そして、全国にも海外にも各地に拠点があり、老若男女みんなNHKという名前は知っていて、抜群の知名度があります。なによりも「公共放送」というのが強みだなと感じました。スポンサーがついているわけではないので、誰とでもフラットに手をつなぐことができる。その結果、「NHKなら出るよ」と、多くの一流の方が手を組んでくれたりもします。

そういうNHKの価値を外に出て初めて知って、僕はその価値をぜんぶ徹底的に使おう、それで社会に貢献しようと決めました。NHKに戻ってからは、「NHKの価値を伝える部署」をつくるために、実績づくりに取りかかりました。

「コンテンツファースト、メディアフラット」で届ける

―そのひとつが『プロフェッショナル 仕事の流儀』の公式アプリ「NHK プロフェッショナル 私の流儀」ですね。これは200万ダウンロードという大ヒットとなりました。

小国:アプリがヒットしたことで、番組以外で価値が届くことがちょっとずつ局内に理解されるようになっていきました。そのタイミングで、制作局に開発推進という部署ができたんです。僕はそこに配属されて、デジタル施策とプロモーションとブランディングをぜんぶやることになりました。

―それまでなかった新しい部署での活動がはじまったんですね。すでに実績も出してらしたので、新部署での活動はスムーズにいきましたか。

小国:いやいや、大変でした。「プロフェッショナル」のアプリも大反対を受けるなか、理事や会長のところにまで持っていってアプリの魅力や必要性を説明して、やっと実現したんですから。

僕は、社内で「NO」と言われるものしかやらないと決めていました。NHKの中で「いいね」と言われる範囲内でいくら頑張っても、世の中にインパクトは全然出せない。だから「NO」と言われるものだけやることにしたんです。

―社内で「NO」と言われていることなのに、どうやって実現できるんでしょうか。

小国:「NO」と言うひとの心のうちには、なぜダメなのか必ず理由があります。それをすごくしつこく、何回でも、半年くらいかけて一つひとつ説明していくんです。「NO」の理由を潰していくのを繰り返して、かつ経営課題にもひもづけてリスクをできるだけ排除していく。そういった作業を、ひたすら繰り返しました。

NHKも僕自身も、番組をつくるほうが得意だから、つい番組で伝えたくなってしまう。でもそのままではイノベーションは生まれないと思っていました。もう番組をつくらないと退路を断つことで、ほかの伝える方法をあの手この手で考えないと僕がやる仕事ないという状態に追い込んで、必死にやりました。

―NHKがもっている価値をもっと伝えるために、あえてテレビ番組以外の手法を使って実践を積み上げていったんですね。

小国:その頃、僕が社内外で意図的に口にしていたのは「コンテンツファースト、メディアフラット」という考えかたです。価値があるものは、最適なところで最適なカタチで出せばちゃんと届くんだと。

NHKだって、番組を「作品」と呼ぶくらい良いものだという自負があるんだから、これを届けるためにテレビが良ければテレビで、SNSが良ければSNSでやりましょう、という話です。

「コンテンツファースト、メディアフラット」を旗印にして、最適なメディアで最適に出そうというのを徹底して、どんどんプロジェクトをやっていきました。先ほど話したアプリをつくったり、動画配信サービスをつくったり、武道館でフリーライブをやったり……。

そんな中で、いちばん届いたのが「注文をまちがえる料理店」というプロジェクトでした。

「瞬間的に、いいねと言ってくれるか」小国流・プロジェクトメンバーの集め方

写真:森嶋夕貴(D-CORD)

―「注文をまちがえる料理店」は、2017年6月に期間限定でオープンした、認知症を抱えるひとがホール係を務めるレストラン。もしかしたら注文と違う料理がくるかもしれない、でも「ま、いっか」と思える温かい空間をつくり、訪れたひとに体験してもらうプロジェクトです。オープンと同時に数多くのメディアで話題となり、テレビだけでなく世界150カ国以上のメディアでも取り上げられました。このプロジェクトは、どのようにして形になったのでしょうか。

小国:企画の発想自体は、2012年頃に思いついていました。

当時僕は、認知症介護のエキスパートである和田行男さんが運営するグループホームの取材をしていました。そこで生活する認知症の方々は、買い物、料理、洗濯など、できることはぜんぶ自分でやります。

ある日、献立がハンバーグだと聞いていたのに餃子が出てきたことがあったんです。「あれ、ハンバーグじゃなかったの?」と喉まで出かかりましたが、その言葉は口に出しませんでした。「ハンバーグが餃子になっちゃたけど、みんなおいしそうに食べてるし、まあ、いっか、ってことだな」と思ったんです。それがきっかけですね。

僕は、取材に行くまで認知症のことを全然知りませんでした。聞きかじった話で「怖い病気、悲惨な病気」というイメージを持っていたんです。でも、和田さんのグループホームでは、もちろん認知症だからちょっとずれてしまうこともあるけど、それさえちょっと支えてあげれば、みなさんごく普通の生活を送っているんです。「あれ、普通じゃん」と。

もちろんそれは認知症という病気のごくごく一部の側面でしかないわけですが、僕にとっては、怖い避けたいものだと思っていたものが変わったハッピーな出会いだったんです。その風景を、みんなに伝えたいと思いました。

「注文をまちがえる料理店」のアイデアはずっと温めていました。番組をつくらないディレクターになって、100個くらいはプロジェクトをやりました。ほとんどは失敗でしたが、だんだんヒット、ホームランが出せるようになってきた。そんなとき、ふと思い出して和田さんに「注文をまちがえる料理店をやろう」とお声がけしたのが2015年の11月でした。

―そこからどんなふうにプロジェクトを組み立てていったんですか。

小国:やりたいことの絵は描けていました。それを実現するために、和田さんという福祉介護のプロフェッショナル中のプロフェッショナルが一緒にやってくれる。それ以外の部分で実施にあたって必要なことを一つひとつ書き出していったら、ほぼ自分にできることは何もありませんでした。だから仲間を集めるところからはじめました。

認知症という大きな社会課題に対して、下手に扱えば炎上することも分かっていました。だから、超一流のプロフェッショナルを集めようと思ったんです。

それから、これは大事なことなんですが、中途半端なプロがいちばん厄介なんです。業界の既成概念にとらわれて、否定的になってしまうことが多い。だったら、熱狂する素人のほうがよっぽど強く、イノベーティブです。見たい風景のために、既成概念にとらわれず突き進むバカになれるかどうかですね。

僕もかなり熱狂していました。外食サービス業の社長が集まる団体を前に、「注文をまちがえる料理店をやりたいんです」とプレゼンするわけですから。飲食店が注文をまちがえたらダメなのに(笑)。

―(笑)。そんな小国さんにどうして協力してくれたんでしょう?

小国:プレゼンが終わったら、ある会社の社長がすっと手を挙げてくれて「明日、うちにくる?」と。レストランをオープンできる場所がひとつあるから見に来たら、と言ってくださって。

他の社長のみなさんも「話はとっても良いけどリスクも高いよな…」と思っていたそうなのですが、1社が手を挙げたのをきっかけに、他にも2社、賛同してくださいました。それで2017年6月に、2日間限定で「注文をまちがえる料理店」をオープンすることができたんです。

やっぱり、一緒にやろうって言ってくれる仲間が、まず一人でも現れるかどうかですね。YouTubeで何年か前に話題になったダンスの動画と同じです。草っ原でひとりで踊ってるひとがいるんだけど、そこに一緒に踊るひとが1人出てくる。すると2人、3人と踊るひとが増えていって、ある程度踊っている人数が増えてくると、あとからやってきたひとは「踊るものだ」と思ってみんな踊りはじめるという。

最初に踊りはじめるのは怖いですけど、見たい風景があるからバカになって踊るしかないんです。

―一緒に踊ってくれる2人目を動かすには、本気で踊る必要があるということですね。超一流のプロフェッショナルを集めていったということですが、その方々はどうやって声をかけて集まってもらったんでしょうか。

小国:それまでに番組づくりで、僕は膨大なひとに会って取材をしてきました。そのなかで出てくる話で、そのひとでなければ語れないエピソードやすごく心に残るエピソードは自分のなかにストックしているんです。「こういうことを言っているひとがいたな」と、ストックから引き出しては、会いに行きました。

メンバー集めでは、基本的には、脊髄反射で「いいね!」というひととやろうと思っていました。そこで逡巡したり「持ち帰ります」というひととはやらないほうがいい。

―それはなぜですか。

小国:認知症というセンシティブなことを扱うプロジェクトだからこそ、瞬間的に描いている絵をシェアできるひとでないと、あとで揉める可能性が高いからです。こういうプロジェクトって、大事なのは誰と一緒にやるかだと思っています。「ビジョナリーカンパニー2」という本に出てくるんですが、同じバスに乗るメンバーがよければ、たとえ最初に思い描いていたルートじゃなかったとしても、絶対道中を楽しくいけるんですよ。

逆に、どんなに目的がよくても一緒にバスに乗っているひとが合わないと、道中でトラブルが必ず起こる。僕は「小国さん、これ超おもしろい!!」といってくれるひととだけやろうって思って、反対されたひとを説得することもしませんでした。

それはバンド活動みたいなものだと思ってます。武道館に行きたいって目標があり、自分はギターが弾けるから、ベースとドラム、ボーカルを集めていくっていうのと一緒。ベースがめちゃくちゃヘタだったらダメだし、フォーク系バンドなのにヘビメタのひとに来られてもダメでしょう。そこはやっぱり、この音楽性、超いいね!とお互いに思えるひとと一緒にいかないと。

そんなふうに声をかけていって、2カ月くらいでメンバーが集まりました。

企画で大切なことは、イシューを真ん中に置くこと

―プロジェクトを実現していくために、メンバー集めで大事にしていることをうかがいました。ほかに、プロジェクトを進めていくにあたって大切にしていることはありますか。

小国:いちばん大事なのは、「真ん中にイシュー(課題、論点)を置く」ことですね。僕は「シェアイシュー」という言葉をよく使います。

NHKを例に出すと、やっぱりついつい「番組づくり」を真ん中に置いちゃうんですよ。そこから自分たちがやれることを考えてしまう。本来は世の中を良くしたい、認知症のことを伝えたいというのが目的なのに、「番組をつくること」を真ん中において目的化してしまうから、やれることはどんどん収縮していって、広がっていかないんです。

「注文をまちがえる料理店」をクライアントをつけずクラウドファンディングで資金調達をしたのも、クライアントワークとして囲い込まれることを避けたかったからです。一社提供で協賛するとおっしゃってくださった企業もあったのですが、お断りしました。どうしても一企業の都合や立場によって、活動が制限されるのは避けたかったんです。囲い込んでいる印象があると、情報が広がりづらくなる。

とはいえ僕なんてなにもできません。ですから、まずは「この指とまれ」と指を掲げて、止まってくれるひとを探したんです。それ以外にやりようもなかったですし……。

お金を出せるひとは出せばいいし、デザイン出せるひとは出せばいいし、認知症介護のスキル出せるひとは出せばいい、料理できるひとは出せばいい。こういう感じにしたかったんです。イシューを真ん中に置きたかったんですね。

―いわば“バンドを成功させて夢の武道館に行く”ために、小国さんがコミュニティを運営していくうえで大切にされているのはどんなことですか?

小国:僕はいわばプロジェクトのリーダーなんですけど、やれることは3つしかないと思っています。

まずは「こういう世界がやりたい」という「絵を描く」こと。

その次は「決断する」こと。進めていくなかでさまざまな選択肢が出てくるので、そのなかで僕が決めるべきことは決めていく。

最後は「応援する」ことですね。メンバーが超一流のプロたちですから、僕は本当にやることないんですよ。会議のときも、メンバーの提案に対して「拍手!」と促すだけ。もちろん途中で、コンセプトからずれていかないようにチューニングは随所でしていますが。

何もしないんですが、やっぱり絵を描くことだけはすごく大事にしてます。「この指とまれ」って出したら、みんなが止まりたくなるような指にしないといけないから。

「注文をまちがえる料理店」というネーミングはすごくよかったと思うんです。これが「認知症のひとが働くレストラン」だったら、だれもその指には止まってくれなかったんじゃないかな。だから絵を描く、止まってもらう指を磨く、というところは、かなり深掘りしていますね。

―そこの磨きかたは、小国さんならではという気がします。

小国:やっぱり、ずっとNHKで番組づくりをしていた経験は大きいと思います。NHKの企画って難しいんですよ。「なぜいま、これを取り上げるのか?」という理由を、会社からはすごく厳しく問われるんです。単にこれがいま売れてますというだけでは、ストレートニュースになるかもしれないけど、企画にはならない。

良いものが売れてます、というだけではダメで、「なぜ、今」というのをひたすら禅問答のように問われるんです。そうすると、なぜ今それを取り上げるのかというレイヤーがものすごく深くなるんですよ。その訓練をNHKで15年やってきたというのは、確実に糧になっています。

 

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やりたいことは、すべて「Tele-vision」という言葉でつながっている

―小国さんは2018年6月にNHKを退職してフリーのプロデューサーになりました。今はどのような活動をされていますか。

小国:いまはクライアント仕事ももちろんやっていますけど、どんな仕事でもやっぱり、「みんなが見たくなるような風景をどう描くか」というところから発想して、ゼロから自分で立ち上げて自分たちだけの力で着地させるという活動もやっていくことを意識しています。やっぱり、枠のある仕事ばかりしていると、だんだんやれることの幅が狭まってしまうと思うので。

―小国さんのようなプロデューサーやPRパーソンだけでなく、どんな立場のひとでも、もっと伝えたい、周りのひととの関係をよくしていきたいと思って活動していくなかで、型にはまったことだけじゃないことをやっておくことは大事ですね。

小国:そうですね。僕は「はみ出す力」は必要だと思っています。いきなり会社を辞めるとか、いまいるところから飛び出しちゃうというのではなくて、軸足は置きながらもいろんなところにはみ出してみる。僕が電通に企業留学したときのように、半歩だけ外に出ることで新しい世界も見られるし、あらためて自分の軸の部分がものすごく魅力や価値があったっていうことにも気づけることもありますよね。ものの見えかたがものすごく広がると思いますよ。

―会社にそういう仕組みがなかったとしても、マインドとして「はみ出てみる」ことは、どんなひとでも実践できそうです。小国さんは、今後はどんな活動に取り組んでいきたいですか。

小国:僕がやりたいことは、愚直に「television」を実践していくことなんです。「television」はテレビの語源。「tele=遠くにあるもの」、「vision=映す」という意味です。ひとが見たことがない風景とか、触れたことのない価値とか、そういったものをカタチにして、できるだけ多くのひとに届けるというのが、NHKに入局してからいまに至るまでずっと変わらない僕の仕事です。

これまで話してきた「コンテンツファースト、メディアフラット」や「イシューを真ん中に」というのは、ぜんぶ同じことが根っこにあるんです。料理店をやろうがテレビをやろうがSNSをやろうが、やりたいことはすべて「television」なんです。

あとは、描いた絵が、本当に自分がやりたいものなのか、嘘がないかどうかは大事です。本気でやりたいことだったら、まず自分が踊りはじめること。はじめは恥ずかしいかもしれないし怖いかもしれないけど、本気でやれば、それが本当に良いものだったら絶対に一緒に踊ってくれる仲間は出てきます。それがやがて、多くのひとを突き動かす熱狂になっていくんですよ。

自分が描いた絵に、まず自分自身が熱狂して踊りだすことができるか

数々のヒット企画を生み出している小国さん。お会いする前に抱いていた「やり手の仕掛人」のようなイメージは、取材のなかでひっくり返されました。

誰よりも熱狂して取り組むからこそ、同じ熱量をもった仲間が集まり、プロジェクトが形になって広がっていく。取材中、楽しそうにプロジェクトについて語る小国さんの姿から、テクニックではなく「想い」の強さこそが、さまざまなステークホルダーを突き動かす推進力なのだと感じました。

仲間作りやコミュニティ運営に悩んでいる人は、まずは自分自身が熱狂できる絵を描き、誰かに伝えることからはじめてみませんか?(編集部)