「愛されて勝つ」ファンと地域に支持され続ける、J・1 川崎フロンターレの関係構築とは

text by Tomoko Tsutsui
photo by Takuya Sakawaki

パブリック・リレーションズ(=ステークホルダーとの関係構築)とひとくちに言っても、その手法はさまざま。愛され続けるチームでは、どんな関係を構築しているのか。

今年で発足22年目を迎える川崎フロンターレ。数あるJリーグチームの中でも、Jリーグ観戦者調査(※)で、「ホームタウンで大きな貢献をしているチーム」として、7年連続地域貢献度ナンバー1に選ばれています。ホームゲームでは毎回必ずイベントを実施。あるときは鉄道会社とコラボし、あるときは選手全員が仮装し、その「ぶっ飛んだ」内容がSNSでも話題を呼んでいます。また、小学生向け「川崎フロンターレ算数ドリル」の制作・配布や、「かわさき応援バナナ」の販売など、スタジアムに足を運ぶ観客以外のみならず、地域の方々との関係構築、地域貢献や活性化にも力を注いでいます。

今回は、株式会社川崎フロンターレ 事業推進部 集客プロモーショングループでプロモーションを担当している若松慧さんに、選手やサポーターを巻き込んだ企画作りと、ファンや地域に愛され続ける関係構築のお話をうかがいました。

※出典:「観戦者調査」(公益社団法人 日本プロサッカーリーグ)2010〜2017年

 


Profile
若松 慧さん Kei Wakamatsu

1988年生まれ。神奈川県出身。大学を卒業後、吉本興業株式会社に入社。マネージャー業務などを経て、株式会社川崎フロンターレに入社。オフィシャルグッズショップ、ボランティア担当を経て現職。ホームゲームイベントや、地域のホームタウン活動を務めている。


サッカークラブが「算数ドリル」を作る意味

まず、スタジアム以外でファンや地域住民と接点を持つ取り組みについて教えてください。

若松さん(以下、敬称略):はじめはサッカーに興味のない層にもフロンターレを知ってもらう機会を作るのが目的でした。算数ドリルは子どもたちに、応援バナナは主婦層に、といった形ですね。

プロのサッカーチームが「算数ドリル」を作るのは、非常に珍しいと思います。どのような背景で作ることになったのですか?

若松:現在オリンピック委員会に出向している、天野春果というスタッフがイングランドのアーセナルというクラブに視察に行った際、アーセナルの選手がスペイン語の教材に出ていたのを参考に作ったそうなんです。

最初は1校でのトライアルからスタートし、現在は川崎市にある公立小学校113校全てに加え、フロンターレと2015年に友好協定を結んだ陸前高田市の小学校でも採用されています。小学校6年生向けのドリルなので、今フロンターレに来ている学生アルバイトの中にも、当時使っていた者が出てきているんですよ。

実際どのような反響や効果がありましたか?

若松:算数ドリルを作った結果、川崎市のイメージアップ、子ども達への教育面での価値が徐々に上がっていきました。

ドリルの問題文には選手の名前が出てきます。スタメンの選手たちは自然と名前を覚えてもらえるんですが、僕たちは選手全員の名前と顔が一致するようになってもらって、そこからファンになってもらいたいんです。

サッカーに絡めた問題も多くあります。算数ドリルなのはシュートのスピードや試合数、得点など、数字の問題が作りやすいから。

また、女の子との接点を増やそうとも考えました。ご両親がサッカー好きだったり、男兄弟がいたりしないと、なかなか競技場に足を運ぶ機会がないので、彼女たちに興味を持ってもらいたいと考えていたんです。

そこで、算数ドリルの中でモデルを採用することにしました。川崎市在住の小学生の女の子を、モデルとして毎年募集しています。モデルをやっていただくことによって、彼女たちもサッカーに興味を示してくれて、選手の名前も覚えてもらえるようになったんです。

さらに、年に1回、川崎市の小学校で選手が参加する「実践学習」というものもやっています。選手の50m走を元にした問題や、実際に蹴ったシュートと動物などとのスピードの速さを求める問題を、身体を使いながら勉強しようという取り組みです。毎年すごく盛り上がるんですよ。


▲実際の「川崎フロンターレ」算数ドリル

ドリル製作には先生たちや選手の協力が不可欠だと思いますが、どのようにみなさんに協力してもらっているのでしょうか?

若松:先生たちは、むしろ強い思い入れを持った協力的な方ばかりなんです。「算数ドリル作成委員会」というのがあって、市内から先生たちが授業後に集まって、問題を考えたり、写真を選んだり、話し合いを重ねてくださっています。

先生が考えた「約分ポーズ」なんていうのもあります(笑)。会議で考えたポーズを、写真に撮ってプリントして、選手たちに「このポーズでお願いします」というのが僕たちの最後の役目。

選手たちが協力してくれることに関しては、算数ドリルがどのような目的で使われているのか、その中でこの写真はどういう形で使われるのかを、毎回ちゃんと説明しています。選手たちは、そういうことをすごく前向きに捉えてくれますね。ベテランの中村憲剛という選手が、ファンとのコミュニケーションや地域貢献の取り組みに非常に積極的なので、それを見た若い選手たちにも継承されていっています。

応援バナナをはじめ、企業とのコラボも多いようですね。

若松:応援バナナの正式名称は「かわさき応援バナナ」というんですが、これはドールさんとのコラボレーション。川崎市内のスーパーで市販されていますが、購入いただいた金額の一部が、等々力競技場の再整備、修繕費として使われています。更に、購入していただいた分、川崎市の活性化にも繋がってくる。

また、フロンターレのホームゲームでは、「ドールランド」というコラボイベントを開催していて、とても人気のイベントです。

他にも川崎市浴場組合とコラボした「いっしょにおフロんた~れ」というキャンペーンもあります。市内の銭湯利用を促進するもので、2010年にスタートしました。日本のサッカークラブの中で「ふろ」が付くのはフロンターレだけなので(笑)地域活性化、還元の一環として我々からお声がけさせていただきました。

ダジャレの要素が含まれた発想だと、身近に感じてもらいすんなり人の心に入ってくる。人と関係を構築していく上で、それはすごく大事だと思うんです。2017年に初優勝した際は、優勝クラブに授与される銀のシャーレをデザインした風呂桶を記念グッズとして作り、ビックリするくらい注文がありました(笑)。

全試合で“ぶっ飛んだ”イベントを企画する

ホームゲームでは、全試合でイベントをされているんですね。

若松:そうです。イベントを企画する上で必ず意識しているポイントが3つあります。

地域性と話題性、そして地域を越えて社会にもつながっていくような社会性があるかどうかを重視しているんです。地元川崎の企業や団体とのコラボが多いのも、このポイントを意識しているためです。

先日「噂の献血ショー」という献血促進のイベントを開催しました。ただ、それだけでは固い印象なので「赤」や「レッド」にちなんで色々な企画を立てて毎年開催しています。

そのうちの1つが、芸人さんがネタを披露する「レッドカーペット」。ステージに登場いただいた芸人のひょっこりはんさんを呼んだ企画でした。始球式で登場する際に、普通に登場しても面白くないと考え、いつもキックオフボールが置かれてある台の中から「ひょっこり」登場したらいいのではないかと考え、普段とは3倍近い大きい台をテレビ会社の大道具さん達にそっくりに作ってもらって、そこから登場してもらいました。

始球式の後は献血キャラクター「けんけつちゃん」のヌイグルミを、対戦チームのベガルタ仙台のキャプテンにプレゼントしてもらい、その際にもプレゼントしたヌイグルミの横から「ひょっこり」顔を出してもらい、とにかく「ひょっこり」にこだわりました(笑)。

ベガルタ仙台のキャプテンは驚きますよね。

若松:とても素敵な表情をされていましたね(笑)。他のチームの選手たちも、僕たちのイベントを見て驚いたりしていて、僕らとしては「してやったり」(笑)。

フロンターレのサポーターは非常に感度が高いので、色々と叱咤激励をいただく時もあります。なので、有名な芸人さんにただ来てもらうだけでなく、ちゃんと料理して“フロンターレらしさ”を出すようにしています。

24時間アンテナを張り続けて、今、川崎で何が流行っているのか、みなさんが何を求め、困っている事はないか、そして選手たちはどう見られているのかを拾い続けていかないと。いつも地域やファンのことを考えなければ、すぐに離れていってしまう。面白さの中に意味のあることを真摯にやり続けるクラブでなければいけないと思っているんです。

ある意味“ぶっ飛んだ”イベントに、なぜそこまでこだわるのですか?

若松:勝って愛されるのか、愛されて勝つのか。もちろん勝ったら嬉しいですが、そうでない日ももちろんあります。そんな中でもイベントを楽しんでもらったり等々力の雰囲気を感じてもらって「今日試合を見に来て楽しかったよね」と思ってほしい。家族や友だち、一緒に来た人たちとの思い出の一つになればいいなと考えています。

最近は、おかげさまでチケットが完売になる試合も増えてきました。クラブ発足当初は3,000人平均だったのが、2016年シーズンから平均2万人を超えています。

もし今後、観客数が少なくなってしまったときに、「イベントがつまらないから人が来ないのでは?」なんて言われたくない。そうならないように僕たちがしっかりイベントを作り続け、サポーターの皆さんと良い関係を作り、新しい事を仕掛け続けていかなければと考えています。

楽しいの一言では片付けられない苦労もありますが、やっぱり笑顔が溢れていて、会場がドカンと笑ってくれたときにやりがいを感じます。試合に勝つのとは別の達成感がありますね。ほぼ満席の「2.5万人と一緒に笑う」というキャッチフレーズが、ずっと僕の頭の中にあるんです。

地元から愛され続ける存在でいたい

クラブ発足当初からプロモーションに力を入れているのはなぜでしょうか?

若松:もともとJリーグには、地域に根ざしたチーム作りをしていこうという理念があります。でも、川崎はスポーツチームが離れてしまった過去などもあり、なかなかスポーツが根付かない街だったんです。

フロンターレ発足時も地元住民からは「フロンターレも離れてしまうのではないか」と思われていて、イベントを企画しても上手く盛り上がらないことが多かったと聞いています。

でも僕たちは、どんなに強くなっても地域に根ざした活動を続けて、川崎から愛されるようなクラブにしていこうと考えていました。だからフロンターレのイベントによって、川崎の企業や団体のことを知ってもらえるキッカケを作れたらと、地元の人たちをしっかり巻き込んでいくような企画を立てているんです。

サポーターは地元の方が多いものの、川を挟んだ世田谷区や大田区からも試合に足を運んでくださる方がたくさんいます。こういった取り組みをしていること自体に興味や愛着を持ってくださる方も増え、20年間やり続けてきた成果が出てきていると手応えを感じています。

後援会(ファンクラブ)の会員数は昨年はじめて4万人を超えました。今年は8月の段階で4.3万人まで伸びており、昨年の伸び率を上回っています。ただ、川崎市の人口は150万人。僕たちが目指しているのは、150万人全員が後援会の会員になってもらうことなんです。

「すごく多いね」と言われる事もありますが、僕たちの感覚としてはまだまだ。最低でも人口の10%を目指したい。だから、まずは5万人、そして10万人を目標にしています。

フロンターレは、サポーターとの距離が近いというか、横並びで同じ方向を向いている印象を受けます。

若松:そう思われ続ける関係でいたいなと思っているので、うれしいです。

僕たちは始球式をやるにしても、イベントをやるにしても、サポーターと協力していかないとできません。一体感のある応援をしてくれることで、選手達の後押しになっています。

イベントで使う衣装も、地元有志の女性たちが「フロンターレ衣装部」として作ってくださっています。「フロンターレが注目されるなら」と言ってくださり、僕達が毎回無茶を言いながらも協力してくださるんです。

本当にサポーターのみなさん無しでは、フロンターレの温かい雰囲気、盛り上がる空気を作り出せないなと感謝していますし、昔からずっと応援し続けてくださっている方々がいることは、フロンターレの何よりの強みだと思います。

今後どんな存在になっていきたいと考えていますか?

若松:昨年優勝して、色々な方から「すごいね」と言われるようになりましたが、僕たち自身は劇的に何かが変わったわけではありません。ありきたりかもしれませんが、愛され続けることが一番大事。チームの強化も当然必要ですが、イベントなどの事業も含め「ワクワクさせてくれるチームだな」と思われ続けたい。

チームが強くなってもちゃんと地元に目を向けて、何か課題があったら一緒に解決していきたいと思っています。「フロンターレだったら、何かやってくれるんじゃないか」――そんな風に言われる存在であり続けたいんです。

以前、サポーターの方から「フロンターレで働くのは名誉職。川崎を代表しているんだから、川崎で困っていることがあれば、一番に話をして一緒に協力してほしい」と言われたのが、すごく胸に刺さりました。それだけフロンターレのことを大事に思ってくれるんだ、と。

「一緒に作る」、だからサポーターも協力してくれる。そこをないがしろにしてしまったら、気持ちが離れていってしまうのは当然。でも、フロンターレのサポーターはちゃんと叱咤激励をしてくれて、一緒に進んでくれる。それはフロンターレの強みだと思います。

僕たちだけではやりきれない部分がたくさんあるので、それをどこまで周りと協力し続けていけるか。どこまで広げていけるか。そこがフロンターレが成長していく上での大事なポイントだと思っているので、引き続きサポーターのみなさんと一緒に、色々な「ワクワク」を仕掛けていきたいと考えています。

関係構築がもたらす好循環

「勝つから愛されるのではなく、愛されるから勝つ」というファンコミュニケーション。インタビューの中で、とても印象的な言葉でした。

地域やファンのことをつねに考えられるからこそ、良い関係が構築され、信頼と愛が生まれてくる。カスタマー・リレーションズ、コミュニティ・リレーションズなど、チームがひとつになってパブリック・リレーションズを体現しているサッカーチームだと改めて感じました。

すでに川崎という地域がフロンターレによって盛り上がっているようにも思いますが、彼らが目指すさらなる高みにより、地域を越えて日本から愛されるサッカーチームになっていく未来がとても楽しみです。(編集部)

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