2016年の開校からたったの3年で、在籍生徒数10,339人(2019年4月末時点)と異例の成長を遂げているインターネットの高等学校「N高等学校(N高)」。従来の通信制高校とは異なり、ほとんどすべてのコミュニケーションをオンラインで行っています。

教員と生徒、生徒同士の日頃のコミュニケーションはチャットツールで、文化祭の話し合いはWeb会議ソフトでと、ITの力を駆使しながらの学校運営。一見、運営が困難と思えたその仕組みも、お話を伺ってみるととてもフラットでオープン。生徒や教員が、お互いを信頼しながら学校生活を送っているように見えました。

face-to-faceが当たり前の学校教育の世界でオンライン化に踏み切ったN高の想いや、個との深いコミュニケーションを可能にした背景などを、N高の副校長の上木原さんにお話をうかがいました。


Profile
上木原孝伸さん Takanobu Kamikihara
学校法人角川ドワンゴ学園 N高等学校 副校長
大手教育企業で講師として17年間教壇に立ち、受験指導に携わる。IT×教育の可能性を感じ、2015 年に株式会社ドワンゴに入社。開校前からN高等学校のプロジェクトに参画し、2017年から現職。日本全国で生徒が学習しているネットの高校の運営という前例のないチャレンジに挑む。


テクノロジーをいかして10,000名の生徒を束ねる教員の“向き合う力”

今日はよろしくお願いします。N高は、オンラインでのコミュニケーションを日頃から取られていると伺いました。

上木原さん(以下、敬称略):そうですね。まず、学校から生徒へのやり取りでは、基本的にチャットツールの「Slack」を使ってコミュニケーションを取っています。緊急度に応じてメール、電話、さらにはWeb会議ソフトのZOOMなども使い分けていますが、基本的にはSlackが彼らにとっての学校空間ですね。

ホームルームの教室がSlackのチャットルーム、なんですね。

上木原:そうですね。全校生徒がクラスや部活などのチャンネルに所属しています。全校生徒が参加する「雑談」のチャンネルなんかもあって、みんな自由に話していますよ。ほら、こうして話している今も、誰かがなにか入力しています(笑)。

なかなか想像できない世界ですね。高校1年生の頃からSlackを利用することになると思うのですが、抵抗感って生まれないのでしょうか。

上木原:あまりなさそうです。むしろ私たちの想像以上に、子どもたちは文字によるコミュニケーション自体に慣れていますから。むしろ、生徒からは「今話しかけて大丈夫かな?」と気にすることもなくなるし、自分も気がついたときに返信ができるから便利だし助かっている、と声をもらうんですよ。

たしかに、生まれたときからインターネットが身近にある世代ですもんね……。教員側も、生徒たちとはSlackを通して会話を?

上木原:そうですね。教員の多くは、主に各クラスのホームルームチャンネルで生徒とコミュニケーションを取っています。授業そのものは映像で用意しているので、ここで言う教員はいわゆる「担任」なんですけれどね。

なるほど。N高の教員のみなさんは、一般的な高校で教員をされた経験の方が多いのでしょうか。

上木原:キャリアは新卒・異業種からとバラバラなのですが、もちろん一般的な高校から転職された方もいます。そういう方の中にはかなりご苦労をされてN高の教員として働くことを希望された方もいらっしゃいます。

苦労、というと?

上木原:教員の仕事って本当に多岐に渡ります。生徒と過ごす時間以外にも、テストや授業などの準備、部活の指導、PTAなど。これらの仕事をすべてこなしてしまうと、教員は生徒たちに向けられるリソースがほとんど無くなってしまう。

そうはいっても、オンライン上で生徒とやり取りするとなると、一人ひとりと向き合うことは難しいのではないかと思ってしまいます……。

上木原:たしかに、オンライン上では、顔と名前すら一致しないなんてこともあるように思えるかもしれません。ただ、N高では授業を映像や生放送に置き換えたり、事務的な業務をクラウド化したりする分、教員からも積極的に生徒とコミュニケーションをとっています。すると、むしろ生徒のパーソナルな面をしっかりと把握できるんですよ。実際、教員に生徒の様子を聞いてみると「この子は、今大学に行くかどうかと進路について迷っています」「この子は、文学部にいくのか経済学部にいくのか悩んでいるんです」のように、一人ひとり言えるんです。

それはすごいですね。生徒と向き合うことを重要視しているからこその環境なのかもしれません。

上木原:そう思います。実際に生徒からも「ホームルームが楽しい」「進路以外の相談にも乗ってくれる」など、すごく前向きな言葉が多く集まりますしね。

生徒一人ひとり、「個」に合うコミュニケーションの形がある

1年間のほとんどの時間はオンライン上でのコミュニケーションだと思うのですが、オフラインで会う、いわゆるスクーリングの時間もあるんですよね。生徒のみなさんの様子はいかがですか?

上木原:年に5日間だけ、スクーリングの授業を設けています。担任にもクラスメートにも初めて会う場なので緊張感が漂うかと思うのですが、実際のところはその逆。嬉しさのあまり、担任の先生に抱きつく子がいたり、クラスメートと対面して「本当にいた!」と手を取って喜びあったり。

なんだかほっこりするエピソードですね……。対面できる回数は信頼や信用の度合いに比例するのかと思っていましたが、その限りでもないのですね。

上木原:どうなんでしょうね。少なくとも、Slackでお互いに話しているので、初めて会う気がしないみたいです。クラス単位での信頼、部活単位での信頼のように、小さなコミュニティがオンライン上で作られて独自の信頼関係を生んでいるんですよね。だから、初めて会う人ともすぐに打ち解けられるし、帰属意識も高いように思います。SNS上でも「N高」とプロフィール上に記載することで、すぐに仲良くなる生徒の姿も目にしますよ。

コミュニケーションって、人によって得意不得意があると思うのですが、生徒との信頼関係を作るためにオンライン・オフライン上で意識していることもあるのでしょうか。

上木原:もちろん、生徒によってしっくりくるコミュニケーションの方法はさまざまです。オフラインで話すのが苦手な生徒に対しては、無理に話すことを強要しないですし。反対に、スクーリングのときに直接話せる時間を取ることも忘れません。コミュニケーションの取り方って、いうなれば、その人の個性だと思うんです。

生徒と向き合う教員は、コミュニケーションを取る上でどういったことを意識されているのでしょう。

上木原:そうですね。日頃のオンラインでのコミュニケーションでは、どれだけパーソナルな会話をみんなとできるのかが重要だと思います。多くの生徒と話すとなると、ついつい送信するメッセージをテンプレート化してしまいがちだと思うんです。「みなさんこんにちは、担任の〇〇です」みたいな。ただ、それだけだと生徒は向き合ってもらっているとは感じられませんよね。だから、自分ごとと感じてもらえるようなエピソードを盛り込んで話をしています。以前話した、何気ない雑談や相談ごとを交えて話しかけると、生徒は「わたしとの会話なんだ!」と理解してくれますから。

そういった会話のタネは、ひとつずつ記憶しているものなのでしょうか。

上木原:いえいえ。N高では、生徒と話した内容を必ずログに残しているんです。将来の夢、悩み、趣味、どんなことでも記録して、次回以降の会話に活かしています。オンライン・オフラインに関係なく、生徒は自分が話したことをよく覚えています。教員がその内容を忘れてしまっていては、信用を失ってしますから。だからこそ、どんなに小さな話でも真剣に向き合って、継続的に円滑なコミュニケーションを取れるような体制作りを行っています。

目的を見失わなければ、コミュニケーションは難しくない

これまでのお話を伺っていて、N高のコミュニケーションは企業で働く方々の参考ともなるように感じています。これまで学校教育はface-to-faceが当たり前でしたよね。オンラインでのコミュニケーションを導入する上では大きなハードルもあったのではないかと思います。実際のところはどうでしたか?

上木原:色々と苦労はあります。でも、僕たちは目標をしっかりと設定した上で必要なことを行動や仕組みに落とし込んだだけなんです。

というと?

上木原:高校生にとって、大切なことの一つに「卒業後のキャリアを考えること」があります。大学進学のみには限りませんが、自分自身でやりたいことや歩みたい道を見つけることが、高校卒業時のゴールとも言える。そのときに、教員が忙しさのあまり生徒と向き合う時間を取れないだなんて、本末転倒だと思うんです。

なるほど。だから、教員が生徒と向き合うことにリソースを割けるような仕組みを考えたのですね。そのためのテクノロジーも柔軟に取り入れられた。

上木原:そうですね。「生徒と向き合う」ことを一番に考えると、ブレや悩みはなくなります。

実際、そうしてコミュニケーションを取っていく中で、生徒の様子が変わっていくと感じることもあるのでしょうか。

上木原:ありますよ。たとえば、入学したときから、ゲームが好きで好きでたまらない男子生徒がいたんです。普通だったら「ゲームばかりして!」と怒られるようなものですが、教員が「ゲーム好きを極めてみたら?」「ゲームの魅力を教えて?」「ゲームに関わる仕事ってどんなものがあるんだろうね?」と日頃からコミュニケーションを取るようにして。その結果、彼は高校生活の中でゲームのプレイヤーから企画に興味の範囲を広げて進学を決めました。

N高での生活を通して、自ら判断する能力や決断する力まで養われているのかもしれませんね。それでは最後に、これから先、N高として取り組みたいことや目標などを教えてください。

上木原:まだ創立4年目なので、力を入れたいことは山ほどあります。最近も、教員の時間確保の目的から事務作業についてリモートワーク制度を取り入れ始めました。いずれにしても、生徒の進路を第一に考えて、生徒も教員も過ごしやすい学校を作っていきたいですね。

テクノロジーの良し悪しではなく、個と向き合おうとする姿勢こそが最適な関係構築の第一歩

最初に、生徒が10,000名と聞いて驚きました。オンラインでのコミュニケーションが中心な上に、通常の学校の10倍以上の生徒数。はたして生徒との深いコミュニケーションができるのかと疑問に思いましたが、お話をうかがっていくなかで、それを実現するN高らしいさまざまな創意工夫が分かりました。

生徒一人ひとりにしっかり向き合うこと。その目的を達成するために、テクノロジーを手段として柔軟に上手く取り入れているN高。日々テクノロジーは進歩していますが、個との関係構築に大切なことは昔から変わらず、一人ひとりと向き合おうとする姿勢なのかもしれません。(編集部)