2018年5月、「産業競争力とデザインを考える研究会」の報告書として、経済産業省・特許庁が共同で発表した「デザイン経営」宣言

これを機に、デザインを管掌する経営層CDO(Chief Design Officer)やCXO(Chief Experience Officer)が設置され、経済誌やビジネスメディアではデザインが特集されるなど、各所で事業活動におけるデザインを重要視する動きが強まってきました。

「デザイン経営」宣言では、デザインを“ブランド構築に資するデザイン“と“イノベーションに資するデザイン“に分け、デザインという概念を抽象度高く捉えることでその価値を定義。より事業活動に生きる存在であると各所へ認知を広げていきました。

この視点は、パブリックリレーションズにも生きるのではないか。その仮説のもと、今回はグッドデザイン賞の運営をはじめ、デザインに関する多面的なプロモーション活動を行う公益財団法人日本デザイン振興会の理事・事業部長矢島進二氏と、PR Table取締役菅原弘暁による対談を実施。「デザイン経営」宣言からPRが学べる要素を探ります。


Profile

矢島進二 Shinji Yajima
1962年生まれ、東京都出身。公益財団法人日本デザイン振興会。大学卒業後、食品・雑貨関連企業を経て、1991年に現職に転職。グッドデザイン賞を中心にさまざまなデザインプロモーション業務を担当。東海大学、首都大学東京大学院、九州大学芸術工学府非常勤講師。月刊誌『事業構想』でビジネスデザインを、『先端教育』で教育のデザインをテーマに連載執筆中。2019年2月号『自遊人』ではソーシャルデザインについて寄稿。

菅原弘暁 Hiroaki Sugahara
1988年生まれ、神奈川県出身。2011〜2015年、大手総合PR会社(株)オズマピーアール、内1年間は博報堂PR戦略局に在籍し、外資スポーツメーカーから官公庁、リスクコミュニケーションまで、幅広い広報業務を担当。その後、国内最大級共創プラットフォームを運営する会社でPR・ブランディングに従事し、2015年9月より(株)PR Tableに参画。採用やPR、広報などのセミナー・カンファレンスに多数登壇する。


「デザイン経営」宣言から一年 その普及を支えた背景とは

菅原:この一年で「デザイン経営」は着実に世間での認知を獲得しました。日本デザイン振興会はなぜその普及に力を入れられてきたのでしょうか。

矢島:私たちは、「デザインが広く社会において理解され、生活のさまざまな場面で有効に生かされるために、デザインに関わる企業や人々・地域社会を支援し、ともに発展すること」を目的に据え事業に取り組んでいます。

「デザイン経営」宣言は、事業活動においてデザインを適切に浸透・活用してもらうためにはとてもよい契機となる提言です。この言葉が短期間で消費されてしまわないよう、正しく普及していくこともまた、私たちの担うべき役割だと考えました。

菅原:意図を正しく伝え、多くの人に認知・実践してもらうのは容易ではなかったと思います。日本デザイン振興会は、どのようにその普及を推し進めていかれたのですか?

矢島:我々が関わりはじめたのは、研究会で「デザイン経営」宣言がまとまった直後からでした。多様なステークホルダーがいるなか、各方面への波が途切れないよう発信をし続けていったのです。

まずは、「デザイン経営」宣言に関するカンファレンスを間髪入れずに2度開催しました。企画や集客、メディアの誘致などもサポートしました。続けて、発信力を高めるためにいくつかの媒体と調整し、継続的なメディア露出も行っていきました。

ただ、今回の場合「デザイン経営」宣言のコアメンバーであるTakram代表の田川欣哉さんや、ロフトワーク代表の林千晶さんをはじめ、「デザイン経営」宣言に携わった皆さんが精力的に、そして自発的に発信してくださったのが、非常に大きかったと思います。

菅原:確かに、「デザイン経営」宣言に携わった当事者の方々はもちろん、CDOやCXOなどデザインを管掌する経営層といったプレイヤーの方含め、多方面で発信されていたのは印象的でした。

矢島:多くの人々に関心を持ってもらうのは、難しいことです。かつ、適切に理解し、投資の対象として見てもらうということは、発信側だけではコントロールできません。デザイン経営に限らず、常に当事者の方々とは対話を重ね、適切な発信の在り方を都度模索することが必要だと感じています。

企業と個の関係変容に見るPRとデザイン

矢島:私からも、ひとつお伺いさせてください。「デザイン経営」宣言では、第四次産業⾰命以降のソフトウェア・ネットワーク・サービス・データ・AIの組み合わせ領域がビジネスの主戦場となるなか、デザインの重要性が増すと語られています。PRの領域ではこういった外部要因による変化の兆しなどはあるのでしょうか?

菅原:まさにここ最近、PRの在り方に変化の兆しが感じられます。そのうちのひとつが、プロダクトやサービスへの顧客意識の変化に伴う「企業と個の関係性」の変化です。

例えば、以前であれば、ペットボトルの水はその一本を売ることが最大の目的でした。しかし今では自動販売機でもサブスクリプションが始まるなど、消費者の意識が「所有」から「利用」に変わりつつある。そうなると必然的に、企業も顧客と継続的に関係性を維持し続ける必要が出てくる。ここにPRの在り方を変えるヒントがあるのではないかと考えています。

矢島:それこそ「リレーション」ですよね。田川さんも近しいお話をされていますが、これまではいいモノをつくってプロモーションを打って、店頭に並べてさえいれば売れた時代だった。企業と個人の接点はモノの売買だけで完結し、そこに注力すれば経営が成り立っていました。

菅原:そうですね。しかし、売買から先がこれからは重要になる。第一印象だけよくても、そのあとでいい関係が築けなければすぐに競合に乗り換えられてしまうのが今の時代です。PRも、一発の打ち上げ花火のようなものではなく、「企業と個が継続的に関係を築いていくために何をすべきか」という視点が、強く必要になってきていると感じています。

矢島:ビジネスモデル的にも、買い切り型よりもサブスクリプションモデルにシフトしているものが増えてきていますよね。だからこそ、デザインも、ユーザー視点の重要性を改めて強く語られるようになりました。

ユーザーが煩わしさを感じれば関係性は一瞬で途切れてしまいますし、ネガティブな評判はインターネットを介してすぐに広まってしまう。ユーザーにいかに心地よい体験を提供し続けられるかは、事業活動においてもっとも意識しなければいけない要素だと感じています。

ユーザーの中に潜在する“余白”を想像せよ

菅原:「評判」という観点でいうと、関係性の話と同様に広報の在り方も変わりつつあると感じています。これまで広報は、「広く報せる」という字義通り、一方通行で流れるパブリックインフォメーションとしての機能が大半を占めていました。

しかし、インターネットの発達、特にSNSの台頭により、広報の双方向化がここ数年で一気に進みました。そのことで、企業とユーザーの距離感も近づいたように感じます。

ただ、いくら双方向的なコミュニケーションとして発達したとしても、発信した情報がどう受け取られるかまで設計する必要性は絶対にあるな、と。ユーザーがどう感じるのかは未知数だからこそ、そこに細心の注意を払わなくてはいけません。

矢島:受け手にどんな情報を届け、どんな印象を与えるのかについて完全にコントロールすることは不可能ですよね。設計することは大前提としてあるものの、一方で「委ねる」勇気も必要なのかもしれない。これは、デザインと通ずる部分もあると思います。デザイナーは、ユーザーの使い心地だけではなく、それをどう伝えるかまで想定してデザインしていますから。

菅原:どう受け取られるかは、言い換えるならば理解の「余白」ですね。例えば、消費者が商品やサービスを体験したとき、どのような感想を発信するのかについて、消費者自身が自分の言葉で語れる余白を残しておく。

余白はコントロールしきれなくても、どう語られるかを想定することは可能です。操作はしない、けれどもエンドユーザーを想定して動く。そうした絶妙な「読み」の技術が、今後の広報活動においては求められるのではないかと予想しています。

矢島:日本デザイン振興会が運営しているグッドデザイン賞も、「余白」の例のひとつだと思います。ちょうど2019年度の受賞発表イベントが間もなく始まりますが、この賞には広報活動の一環として参加する企業も多い。参加企業は第三者によって「良い」と評価されることの価値を期待しているんです。

自分たちで「これは良いものだ」と主張するより、誰かに「あれは良いものだよ」と言われたほうが、人の心は動く。自分たちが伝える「良さ」ではなく第三者から評価された「良さ」を通して商品を知ってもらうという策も、ある種の余白ではないでしょうか。

また、グッドデザイン賞の「グッド」という力加減にも、余白があると思っています。ひと昔前であれば「ベスト」に絶対的な価値があったのでしょうが、「グッド」という塩梅だからこそ、ユーザー自身の評価が加えられる余白が残されていると言えます。

時代とともに流動する、言葉の“耐用年数”を延ばすには

菅原:現状、私たちがPRのアップデートに向けて取り組んでいる活動は、真正面ではないアプローチが中心です。消費活動に限らず、カルチャーやデザイン、テクノロジーなど、PRはあらゆるテーマと絡められる。それゆえに、PRをPR単体で捉えず、その周辺とあわせて向き合い続けてきました。

ただ今回、矢島さんとお話しをするなかで、改めて「PRそのもの」と向き合う必要性も感じています。そもそも、PRという言葉が指す範囲も、業界内で議論に決着がついていないくらいですから。

矢島:それもまた、いいのではないでしょうか。全員が同一の意味としてPRを捉える必要はないですし、言葉の定義は時代の変化に伴いアップデートしていくものです。意味が確定した言葉は時として「過去のもの」になってしまう場合もある。議論が収束しないのは、呼吸をしている証拠で、「PRは常に流動し続けるナマモノである」という業界の認識の表れなのではないでしょうか。

菅原:ナマモノという認識は同感です。PRは時代の変化とともに「役割」を変えていくものだと考えています。

業界ではこれまで、「パブリックリレーションズという概念」と、それをどう実社会で実行していくかという「プロモーション、プレスリリースという言葉」が分断された状態で使用されており、それでも問題なく役割を果たすことができていたのだと思います。

しかし、これからの時代におけるPRの役割を考えると、どうしてもそれがベストなのだとは思えません。「概念としてのPRは〇〇なのだ!」ではなく、多くの企業や個人が実装できる「技術としてのPR」を、概念と一致するように言語化し直すことが求められている。そう感じています。

矢島:言葉の話をもう少し掘り下げると、ある言葉を言い続けることで、その言葉の“耐用年数”を延ばすという視点も重要だと感じます。例えば、10年以上前に「ダイバーシティ」という言葉が初めて登場したとき、誰もそれが具体的に何を指すか分からず、ピンときていなかった。

それでも根気強くその言葉を使い続け、小さなところからでもそれを実行した人たちがいたからこそ、今では日常的な言葉として使われるようになりました。言い続けて、実行すること。そうすれば、社会的な現象はそのうちついてくるようになるはずです。言葉の“耐用年数”が長くなればなるほど、社会により深く浸透していくようになるのだと思います。

菅原:なるほど。そういう意味では、「デザイン経営」という言葉も、これから正しく実行され続けることが大切ですよね。デザイン経営に限らず、新たな概念がバズワードとして消費されたり、誤った認識として浸透したりすることのないように振る舞うことで、言葉と中身の両方を育てていかなければなりませんね。

言葉を“遺す”意思を持ち続けること

「デザイン経営」宣言。

この言葉と真摯に向き合い、適切に理解・普及されるべく向き合い続ける矢島さん。お話にあったように、矢島さんをはじめさまざまな人たちが、同じ思いでこの言葉と向き合い、伝え続けてきたからこそ、その価値が徐々に認知されるようになってきた。そして、そのフェーズは着実に次なる段階へと向かっています。

「ダイバーシティ」の例のように、言葉を社会に実装し長く使われ続けるためには、相応の時間と根気強さが欠かせません。そのための中長期的な関係構築が、デザインにもPRにも求められているのではないでしょうか。(編集部)

―――――

矢島さんが所属される日本デザイン振興会は、2019年を象徴する最新の受賞デザインの数々を総覧できる「グッドデザイン賞受賞展」を東京ミッドタウンの各所で開催します。今年のテーマは「GOOD DESIGN MUSEUM」。展示のはじまりでは、グッドデザイン賞60年以上のこれまでの歴史を振り返りつつ、最新のデザイン1,400件以上を全件ご覧いただけます。この秋、東京ミッドタウンで、あなたの「グッドデザイン」をみつけてください。

GOOD DESIGN EXHIBITION 2019
会期:10月31日(木)〜11月4日(月・祝)
http://archive.g-mark.org/gde/2019/index.html

 

———————————–

▼日本デザイン振興会 矢島さんが登壇するカンファレンス情報はこちら

——————————