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「OLタレント」グラニ・坪井安奈さんが、会社員とタレントの2つの顔を持つ理由

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市來孝人 / Takato Ichiki

市來孝人 / Takato Ichiki

PR会社勤務を経てラジオDJとして活動開始。福岡のローカルFM・COMI×TEN「福岡移住計画ラジオ」、XFM(シンガポール)の日本語ラジオ番組「FM 96.3 SMILE WAVE」に出演中。東京を拠点に、司会・ナレーター・ライターとしても活動。PR会社での経験を活かし、クライアントの伝えたいことと聞き手が面白いと思うことの両面を理解して伝えることがモットー。 また、PRプランナーとしてタレント・作家・企業トップなど「個人の魅力を世の中に広めていく」サポートを行っている。
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ソーシャルゲームの開発を手がける株式会社グラニに勤務しながら、タレントとしての顔を持つ坪井安奈さん。「OLタレント」という肩書きを作り、会社員としても、タレントとしても活動の幅を広げています。

表に出ることで、会社名も、自分の名前も広めていく。そんな働き方はこれからますます増えていくのではないでしょうか? 今回は坪井さんが何故「OLタレント」として活動するようになったか、そして実際にどのような仕事をしているのか、前編・後編に渡ってロングインタビューをお届けします。

前編では、坪井さんの半生を紐解きながら、「OLタレント」という働き方が生まれたワケを探ります。

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2015年3月13日より、ソーシャルゲーム『神獄のヴァルハラゲート』TVCMにも出演中

表に出ること、表現することに興味があった幼少時代。

-あらためて「OLタレント」という肩書きについて、教えて頂けますか。

その名の通り「OL」と「タレント」両方をやるという肩書きです。今「パラレルキャリア」として二枚目の名刺を持ったり、副業やボランティアとして自分の好きな仕事を会社と別のところでやったりということも増えていると思いますが、会社員とタレント、一見相反する仕事だって、ひとつに絞らなくてもできるはずと思って、始めました。

-「OL」「タレント」それぞれどんなお仕事をされているのでしょうか。

「OL」としては、グラニがソーシャルゲームの開発を行っている会社なので、そのアプリ・ゲーム業界を盛り上げるべく「Grand Style(グラスタ)」という業界誌の編集長を務めています。自社はもちろん、最新号では33社の企業様にご協力頂きました。各社の「社風」や「社員」にフォーカスし、業界活性化や各社のPRに貢献していきたいと考えていて、希望の企業様に無料で配布しています。

「タレント」としては、昨年は週刊プレイボーイでのグラビアを皮切りに、バラエティ番組出演、ニコニコ生放送の司会、ファッション誌への登場など、様々な活動にチャレンジしています。直近では、映画にも出演しています!

また、「OLタレント」ならではの活動として、自社が開発し「GREE」上で提供しているソーシャルゲーム『神獄のヴァルハラゲート』のTVCMにも出演しているんですよ。自社ゲームのCMに出演するということは、まさに「OLタレント」という働き方を体現できる仕事だったので、本当に嬉しく思っています。

-なぜ今のような働き方を選んだのか、興味深いです。坪井さんのルーツを探ってみたいのですが、昔からタレント活動に興味があったのでしょうか?

小さい頃、タレントへの憧れがありましたね。出身の滋賀が最寄り駅まで車で数十分くらいかかるような田舎だったので、テレビの世界に対して、「この人達ってホントに存在するのかな?」と自分とは遠い存在のように思い、憧れていました。ただ、母が厳しかったので、なかなかそういう夢を言い出せなくて…あるとき思い切って、「芸能人になりたい」ということを言ったんです。すると「安奈… 芸能人というのは本当に一握りの人で、目指してもなれるわけじゃないんだよ」と言われ、幼いながらにあきらめようと思いましたね。

あと、英語を幼稚園の頃から習っていて、小学校5,6年のときに全国的なスピーチ大会に出たことがありました。そこで一年目は優秀賞、二年目は最優秀賞を頂いて、舞台に立って準備してきたものを披露するのが楽しいなとも思っていました。

キャスターとしても活躍した大学時代。出版の仕事に出会うまで。

-大学は滋賀の実家を出て、慶應義塾大学への進学ですね。

実は芸能界をあきらめてから、表に出て、準備してきたものを披露する仕事としてアナウンサーも面白いなと思っていました。慶應はアナウンサーになったOGさんも多いのでチャンスがある気がして、行くことにしました。

-大学時代はテレビ番組のキャスターやレポーター、プロ野球チームのチアリーダーとしても活躍されていましたが、やはりアナウンサーという職業に向けてという意識もあったのでしょうか?

大学3年生くらいまでは「どうしたらアナウンサーになれるか」それだけを考えて生活していたといっても過言ではないです。私の通っていた慶應のSFCでは、入学して初めて自己紹介をする時に「今まで何やってきたの?」という話になることが多いのですが、高校生の時点で様々な団体で活動したり、海外に出て活躍してきたような人もたくさんいて、正直「私、これまで何をしてきたんだろう」って結構ショックを受けたんです。得意と思っていた英語だって、その中にいれば別に突き抜けているわけではなかったですし。そういった面もあって「自分も何かの面で突き抜けよう」と思い、「アナウンサーという目標を決めて、それだけを考えて生活しよう」と決意しましたね。

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大学時代は、情報番組のキャスターとしても活躍

-実際に表に出る仕事をやってみて、当時はどんなことを感じましたか?

表現するって楽しい!ということももちろん感じましたが、これは今考えれば当たり前のことですが、「実際に喋る内容や発信するコンテンツを決めているのは別の人(制作スタッフ)なんだ」と思いましたね。テレビを観ているとその人自身の言葉として伝えているように見えるので、これは当時の私にとってはある意味での発見でした。制作の方が、当日の放送内容を決めたりしているのを見て「そっちも面白そうだな」と考え始めたりもしました。

-大学卒業後は小学館に入社されましたが、どのような就職活動をされていたのでしょうか?

もともとはテレビ局を中心に就職活動をしていました。まずはキー局のアナウンサー試験を最初に受けて、番組の制作現場を体感したことで制作にも興味が出ていたので総合職も受験していました。実は一回目の就職活動では出版社は一切受けていませんでした。

-ということは二回、新卒での就職活動を。

本当にギリギリのところで落ちてしまったテレビ局があって、どうしても悔しくて卒業を伸ばしたのですが、二回目は視野を広げようと思い「作って、発信する」ことが出来る仕事として、出版も受けることにしたんです。

-小学館に入ったあとのお仕事はいかがでしたか?

「書くこと」の面白さに気づきました。小さい頃に読書感想文などにかなり時間をかけていたことを思い出しましたね。母が、私の原稿をハサミで切って「ここは並び替えよう」とか「これは一つにまとめよう」とか、かなり構成に力を入れていたので、結局3〜4回くらい書き直して提出していました。面倒だなぁと思いつつ、「書いて表現することも楽しいな」とも感じていて、あの頃のスパルタ教育が今に活きていると思います。取材で普段会えないような方に会えたり、行けない場所に行けたりという面でも楽しかったですね。

-現在手がけている業界誌「Grand Style」制作にも、出版社での経験が活きていることは多いですか?

たくさんありますね!まずは時間の使い方です。雑誌をつくることって、クリエイティブな仕事でありながら締切がすぐに迫ってくる…有限の時間の中でどれだけ面白いものを生み出せるか、というクリエイティブのリアルを、身をもって知りました。

あとはスピードの大切さですね。連絡が来た時にすぐ返すとか、すぐ行動するとか。これも当たり前のことですが。雑誌って、そのタイミングを逃すとその人に取材出来なかったり、モデルさんがふと良い表情をした時にシャッターを押さなければ、その表情を二度と撮れないかもしれないとか、「瞬間」が大事な仕事だと思うんです。

そして、「アンテナをそこら中に張り巡らせなさい」とよく言われていたので、街を歩いていて新しいお店や人々のファッション、様々なことに気づくようになりました。当時の経験がなければ今の私はいないですし、「グラスタ」も絶対生まれていないです。

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現在グラニで手がけているアプリ・ゲーム業界誌「Grand Style」

忙しく充実した日々の中、「OLタレント」としての働き方を決意したワケ。

-そんな中で「OLタレント」になろうと思ったきっかけは?

25歳の誕生日がきっかけです。仕事も充実していて全く辞めようとも思っていなかったのですが、忙しくて目の前のことだけであっという間に25歳を迎えてしまったように感じたんですね。

大学生の頃って、「何になろう」とか「これを今やっていたら、将来こうなれるかも」とか、実現するかは分からないなりにも、将来のことを考えて生きていたりするじゃないですか。25歳の時にふと、「自分の未来を想像して生きていないな…」と思って、小さい頃に憧れだった「タレント」を今まで一度も目指したことがないと気づきました。

小さい頃から、家訓のように「一生に一回」、良いことが起こった時も悪いことが起こった時も、それは一生に一回の出来事だから大切な経験だということをずっと言われてきていて、この時も「一度も目指さなかったな」という後悔だけはしたくなかったので、思い切って「突然ですが、会社を辞めさせて頂きたいと思っています。学生時代に出演側を経験して、入社後は制作する側を経験して、両方をやるという働き方が本当にないのか試したいんです。現在の会社の規則では副業が出来ないので、辞める決断をしました」と話をしました。

-その後「OLタレント」という言葉が生まれた経緯は?

小学館を退社したのが2013年12月、グラニに入社したのが翌2014年の1月で、その間に肩書きを色々考えていました。いくつか候補は浮かんだのですが、最初に思いついた、一番シンプルで分かりやすい「OLタレント」になりました。
グラニとの出会いも本当に偶然だったのですが、「会社としての仕事以外に、表に出る仕事をすることを許してもらえますか」と聞いたら「むしろ、そういった自分のやりたいことを強く持っている人の方が、会社の仕事も頑張れるはずだから応援する」「会社がタレントを抱えるということも新鮮だし、坪井さんが有名になればグラニの社名も有名になって、相乗効果がある。面白いことになりそうだ」と言ってくれて、入社を決めました。

-まわりの反応はいかがでしたか?

「そういう働き方をしたい人、きっと本当はいっぱいいるよ!」と共感してくれる方もいれば、「結局は何がやりたいの?」と言う人もいて、当時はまだ実績もなくて肩書きだけがある状態だったので、どちらの意見もありましたね。

その時々での「これ」だと決めたことに、果敢にチャレンジしてきた坪井さんが見出したのが「OLタレント」という働き方。後編では、「OLタレント」としての活動がスタートした後、どのような仕事をしているのか?会社員としての仕事、タレントとしての仕事、そしてその両立について、じっくり伺います。(3/25公開予定)

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