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広報一筋11年!本社及び子会社の広報、そして子会社の取締役も務めるVOYAGE GROUP江頭令子さんにインタビューしました

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志賀祥子

志賀祥子

PR Table Labo所長/PRコンサルタント。大手金融機関を経て、大手上場企業にて社長秘書と広報を兼任。2011年ベンチャー企業へ入社、新規顧客の開拓からPR企画に携わる。その後、スタートアップから上場ベンチャー企業の広報部門の立ち上げや広報コンサルティング業務を担当。2016年8月よりPR Tableへ参画し、個人の活動としてPRとしてスタートアップ企業を中心に広報コンサルティングにも携わる。
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PR経験者がさまざまなPRパーソンへインタビューするシリーズ。

今回は、ひとつの会社でキャリアを築いていらっしゃる株式会社VOYAGE GROUPの広報・IR室長兼株式会社ゼノシス取締役である江頭令子さんにお話を伺いました。

江頭さんは、新卒入社した株式会社VOYAGE GROUPで内定者アルバイトとして広報をスタート。広報歴11年のベテランPRパーソンです。現在は、本社だけでなく15社強のグループ会社の広報、そして子会社の取締役をも務めていらっしゃいます。

◼︎江頭令子さんプロフィール
2007年上智大学外国語学部フランス語学科卒。2006年7月よりVOYAGE GROUPで広報として内定者アルバイトを開始。現在約15社の全グループ広報を1人で兼務する。2015年より、通販化粧品の企画・販売を行う子会社立ち上げに携わり、㈱ゼノシスの取締役も兼務。新コスメブランドViTAKTを展開中。
エトーさんちの朝ゴハン
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内定者インターンから広報として活躍

江頭さんは新卒内定者インターンからずっと広報を担当されてるんですよね。当初はどんなことをされていたのでしょうか?
最初の1ヶ月ほどは、毎週ひとつの事業部を社内取材してプレゼンを作るという課題がありました。社内取材を通して事業理解を深めることはもちろん、事業部のキーパーソンとの接点を持つことも目的でした。

また、実はパワーポイントなどもほぼ使えず、ブラインドタッチもできないほどだったので、その練習もふまえていましたね。10紙弱ある新聞各紙に目を通してメディアの勉強をしたり、最初はクリッピングだけで1日が終わってしまうくらいでした。

あとは、子会社の記者会見をインターンの時期に携われた経験も大きかったです。

早期入社して、すぐに初のプレスリリースがあり、大手との資本業務提携のリリースで、右も左も分からないながら対応したことを覚えています。

早期入社されたんですね!同期との繋がりはいかがでしたか?
新卒同期の仲間は、営業に配属されてるメンバーも多く、社内で初受注で盛り上がって、お祝いされているのをよく目にしました。他にも営業メンバーは、達成会や部署でのお祝い会があったりと。でも広報の私にはそういうのはなくて。とても羨ましかったです。

そこで、自分は褒めてもらいたいからじゃなく、広報がやりたくて入社して、広報のプロフェッショナルになりたいという想いがあったんだと立ち返り、誰よりもスバ抜けて成長していこうと決意しました。

当時は、毎月スーツを買うのが自分へのご褒美だったんです。
「来月はこのパンツスーツを買うために頑張る」と。そして、新しいパンツスーツやジャケットを着て、気合いを入れる。最近はカジュアルな日が増えましたが、毎日スーツやジャケットで出勤するスタイルは、5年くらい続けていました。

まだ新卒の自分は知識もノウハウも社内からの信頼も何ないことが悔しくて。そこで、当時の自分の取り柄は速さと行動力だけだということを自覚していたので、とにかく社内でも社外でもスピード力とフットワークを意識していました。

すごい決意の表れですね!広報業務については、どのように習得されていったのですか?
入社時は、前任の広報の方が休職中だったので、外部の勉強会などを調べて手当たり次第顔を出し、横のつながりを作って、社外に広報の先輩を作りました。本当にみなさん優しくて、相談したら親身に教えてくれる。愚痴を聞いてくれたり、応援してくれる人が周りに現れてきて、本当に助けられました。また、記者さんからも教えられることも多く、「ひとりじゃないんだ」と心強かったです。

最近では10年以上広報の仕事をしていて、逆の立場になり広報について相談されることがあります。当時私が先輩に助けてもらったように、少しでも新米広報さんのお役に立てればいいなと思っています。

毎週取材をこなしながらメディアリレーションの基盤を構築

広報がうまく回り出したという転機はありましたか?
社内バーのAJITOが出来てから変わりました。
2007年10月にできたのですが、最初はメディアにご紹介してもエッジが効きすぎて、「面白いけど取り上げづらい」と言われてしまったんです。

その年末にとある記事で、「来年の新卒は福利厚生を重視する傾向がある」というのを見ました。そこで、福利厚生に絡めてメディアに企画を持っていったところ、刺さったんです。

そこからは、メディアがメディア呼び、2008年から2009年まではAJITO取材を毎週受けていましたね。ここでメディアリレーションのベースができました。

広報として、テレビ取材が入ると、タイムスケジュールを組み、しっかり事前準備をし、誰をアサインするかを考えます。AJITOは社内バーなので、メディアからは「バーで飲んでる雰囲気を撮りたい」というリクエストも多い。

そこで、なるべく多くのクルー(社員)に取材を体験してもらいたいと思ったんです。
取材というのはどんなものなのか、広報はそこでどんな仕事をしているのか、そもそも自分たちが読んでいるメディアはどのように作られているのか…など、毎週いろんなクルーをアサインしていくなかで、知ってもらうことで広報への理解も高まっていったと感じています。

そのなかでも苦労したことはありますか?
当時の私が苦労したのは、社内の味方を作ること、信頼残高を積み上げることでした。AJITOの取材体験によって、いろんなクルーと関わることができ、広報を知ってもらうこともでき、社内から信頼を得るための一歩一歩が積み重なっていったかなと思います。

自分自身も広報として、メディアの要望を聞き入れつつ、どういう風に折り合いをつけるのかということや、先回りして自分のポジションや「こういう絵も撮れます」と提案をしてみたりすることで、徐々に土台が出来てきました。

有難いことに、AJITOには未だに取材依頼が来るんです。最初は福利厚生から入っていきましたが、今は経営的な視点や社内だけではなく社外も含めたコミュニケーションの一貫として、など切り口も変えて見せることができています。

広報としての成功体験は、このAJITOでしょうか?
最初の大きな成功事例はAJITOですね。プレスリリースが上手く書けたとか小さな成功事例はたくさんありますが、今に続くベースになっている成功はAJITOです。

2009年に弊社の総会で管理部門として賞を取れたのも、AJITOの実績があったからです。

苦労していた点を素晴らしい成功体験に繋げていますね!逆に失敗体験はありますか?
入社当時は、問い合わせが来ても答えられないものがありすぎました。知ったかぶりをして記事になってしまうのも怖かったので、「確認してすぐに折り返す」という対応をしていました。今思えば、記者の方に面倒をかけてしまったなと思います。また、プレスリリースの作成もスムーズにいかず、凡ミスも多かったので、事業部にもかなり手間をかけてしまい、よく怒られました。

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たったひとりで本社及び子会社10数社の広報を担当

今、本社及び子会社10数社の広報をおひとりで見てるんですよね。情報のキャッチアップなどどのようにされてるのでしょうか?
グループ会社も全て同じオフィスに入ってるので、その部分では助かっています。駆け出しのころは、週1で全事業部の本部長と定例ミーティングをしていました。

忙しい本部長の時間を割くので、なにか実のあるものにしないと、と自分にプレッシャーをかけていたので、毎回ミーティングの準備がとても大変でしたね。

今は、週1の社長ミーティングやコーポレート部門ミーティングで全体感をキャッチアップしていますが、事業部や担当者から直接「こういうのどう?」など相談に来てもらえることが増えました。

さらに子会社の取締役もされていますが、広報との両立はいかがですか?
社長が1名と私なので、取締役は名ばかりで完全に現場です(笑)。
2015年は立ち上げだったので、社名を決めるところからスタートし、かなり比重は偏っていましたね。

ゼロから化粧品を作るといってもどうやって作ればいいかわからないので、業者や成分やあれこれ調べて商談して…というのを繰り返していました。幸い良いパートナーに巡り会えて、中身も容器も外箱も、とても協力していただけました。

今は日によって波はありますが、いろいろなご提案の営業も増えてきたので、商談の立会いや次の商品開発について進めています。

広報業務と取締役の業務の両立、どんなバランスで勧められてるのでしょうか?
朝早く出社することで、自分ひとりで進められる業務を済まし、日中はなるべく社内外含め、人と関わる時間にしています。また、SNSの普及も、情報収集や連絡などの効率化にとても役立っています。

江頭さんのとある一日
4:30 起床し、料理掃除洗濯をこなす
7:00 FeelCycle
8:45 出社し、ニュースやメールチェック
9:30 始業 
-取材対応
-原稿執筆
-ミーティング
-子会社アポ対応
-子会社ミーティング
-メディア周り
など
18:30 終業。終業後はFeelCycleや会食へ。

-朝4時半起きで家事をこなしているんですね!!どこで息抜きをされてるのでしょうか?
朝の時間が息抜きです。ずっと実家だったので、結婚してから家事をするようになって、料理ってすごいクリエイティブだなと改めて思いました。何も考えずに楽しむ時間は、朝ごはん作りとFeelCycle。この時間は本当にオフです。

土日も起きる時間は変わらないですね。もともと睡眠欲がないんです。やりたいことをやるために、他を削ってでもやりたい。それが私のモチベーションになっています。

結婚を機に、個の考え方から共同体の考え方にシフト

入社されて11年、キャリアとして転職は考えたことはありますか?
もちろん数回は考えました。でも転職しなかったのは、「なんで転職したいんだろう?」と考えたときに、あまり明確な答えがなく、結局VOYAGEが好きなんだなと改めて思ったからなんです。

もともと広報の仕事に興味があって、今の雑誌「広報会議」の前身「PRIR」の創刊号から買っていました。そのころの想いを思い出すと、転職して環境が変わったとしても、VOYAGEほど情熱を持って広報できる会社は、なかなかないなと思いました。

変な話ですが、結婚をしてから初めて「会社について」考えたんです。それまでは肩肘張って自分の市場価値を高めようと思っていました。でも結婚してからはじめて、自分ひとりの人生から夫との共同体の人生に自然と視点がシフトしました。

そうだったんですね!そこで考えた「会社について」を詳しく教えてください。
今までは「自分が評価されたい」と、どこかで思っていたんですけど、「会社がより良い方向にいくために自分は何ができるだろう」という考えになりました。「本当に今の会社ってこれでいいんだっけ?」、「会社のまだ足りない部分はどんなとこだろう?」と働いてからはじめて考えました。

考え方が変わったタイミングで、役員が推薦してくれて経営会議に参加させてもらえることになったんです。この機会を無駄にしちゃいけないと思って、社内の女性陣にアンケートを送りました。思った以上に返信が来て、「頑張って!」「その想いちゃんと伝えて来てね!」という声も。とても心強かったですね。経営会議では、自分がたまたま代表して参加しているだけで、私はVOYAGE の女性の声を届けるために参加すると思っていました。

実際に、経営陣も気づきがすごくあったみたいで、いい機会になりました。

今後のキャリアについてはどうお考えですか?
結婚して共同体の価値観に変わったことが大きなターニングポイントで、そこから興味を持てなかった分野にも興味を持つようになり、多くの経験をさせてもらえるようになりました。

まだ活かしきれていないですが、冷静に客観視する広報の経験と、並々ならぬ思いを持つ新規事業の立ち上げ経験を、今後は相互に活かしていければいいなと思っています。
 


 
ひとつの会社で「広報」というキャリアを構築してこられた江頭さん。そこには並々ならぬ努力と行動力がありました。オンオフ問わずにパワフルな江頭さんお話、とても刺激を受けますね。ありがとうございました!

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