渋谷区副区長 澤田伸さん×日比谷尚武 「もう、行政が公共の仕事をすべて担う時代は終わった。民間との“対等なリレーション”が未来を築く」

text by Konomu Mizumoto
photo by Yuji Tanno

あの人は、なぜ“関係構築”が上手いのだろう——?

Public Relations(=社会との関係構築)を、現代社会の中でさまざまに体現している人たち。一体どのような経験を重ね、そこからどのような知見を得て、現在地にたどり着いたのでしょうか。

PR Tableのエバンジェリストである日比谷尚武が、自身と親交のある“PRパーソン”をたずね、その思索のプロセスをたどっていきます。

今回は、はじめて東京23区で民間から副区長に登用された澤田伸さんをたずねました。

渋谷区の基本構想のコンセプトである「ちがいをちからに変える街。」を実現するために一般社団法人渋谷未来デザイン」の設立や「渋谷をつなげる30人」など、これまでの行政とは少し違う手法を駆使し、ビジョンの実現に取り組む渋谷区。

澤田さんがどのような考えのもと、区民や職員、民間企業と関係を構築しているのか、ひもときます。


Profile
澤田 伸さん Shin Sawada

1959年大阪市生まれ。1984年立教大学経済学部卒業後、飲料メーカーのマーケティング部門を経て、1992年より広告会社博報堂にて流通、情報通信、テーマパーク、キャラクターライセンス、金融クライアント等を担当し、マーケティング・コミュニケーション全域のアカウントプランニング業務に数多く携わる。その後、2008年外資系アセットマネジメント企業において事業再生部門のマーケティングディレクター、2012年共通ポイントサービス企業のマーケティングサービス事業部門の執行責任者を経て、2015年10月より渋谷区副区長に就任。

聞き手:日比谷 尚武 Naotake Hibiya

学生時代より、フリーランスとしてWebサイト構築・ストリーミングイベント等の企画運営に携わる。その後、NTTグループに勤務。2003年、株式会社KBMJに入社。取締役として、会社規模が10名から150名に成長する過程で、営業・企画・マネジメント全般を担う。2009年より、Sansanに参画し、マーケティング&広報機能の立ち上げに従事。並行して、OpenNetworkLabの3期生としても活動。現在は、コネクタ/名刺総研所長/Eightエヴァンジェリストとして社外への情報発信を務める。並行して、 株式会社PRTable エバンジェリスト、公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会 広報委員、一般社団法人 at Will Work 理事、ロックバーの経営 なども務める。


23区初の民間出身副区長に

日比谷:渋谷区長である長谷部健さんと澤田さんは、ともに博報堂の出身なんですよね。民間から副区長に登用されたのは、東京23区では澤田さんがはじめてだとか。

澤田さん(以下、敬称略):そうそう。博報堂時代の僕の部下が長谷部区長でね。2015年4月の区長選当選後、「副区長になってくれないか」と相談がありました。ただ、すぐには実現できなかったんですよ。というのも、当時の私は成長著しい民間企業の役員という立場にあり、そう簡単には辞められる立場ではなかったんです。

日比谷:そもそも、行政に関わる仕事に興味はあったのですか?

澤田:いや、まったくなかった(笑)。それまで民間企業で長年働き、徹底的に成長を追求する仕事をしていて、成果も出してきました。

でもそのオファーからわずか1ヶ月後に、家族を突然亡くしてしまうという、大きな出来事に直面したんです。そこで気持ちに変化が生まれて、もっと社会の役に立つ仕事をしてみようか、と思うようになったんですよね。そうした仕事が、行政側にあるかもしれない、と。

日比谷:それで副区長に。それまでは、博報堂をはじめ、大手企業で仕事をされていたんですよね。

澤田:そうです。消費財メーカーでマーケティングの仕事を経験し、30代前半で博報堂に転職。そこでマーケティング・コミュニケーション領域の仕事を17年間続けました。その後、外資系アセットマネジメント企業よりオファーを受け、マーケティングだけでなく事業再生の仕事等を幅広く経験した。そこから前職の事業会社にヘッドハントされて、マーケティングサービス事業部門の執行責任者に。

こうしたキャリアを積んだことで、広告会社だけでは絶対に経験できないレベルのマネジメントスキルを獲得できたと思います。マーケティング・コミュニケーションとマネジメント、そしてファイナンス。これらのスキルが、いま、副区長としての仕事に生きています。

 

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民間には“リスク”ではなく“チャンス”を見せていく

日比谷:いざ副区長に就任し、任期4年という限られた期間で、まずはどのように戦略を描いたのでしょうか?

澤田:僕の基本的な信念なのですが、4年でものごとを成せない人間は、きっと8年やっても成せない。さらに言うなら、それは最初の1年ですべて決まると思っていました。だから最初の3カ月で課題を整理して、将来に向けたグランドデザインを描きました。

はじめに抱いた危機感は、官民連携型のスピーディな課題解決組織をつくらないと、社会が変化するスピードに行政が取り残される、というもの。でも行政の内部で俊敏性の高い組織を作るのは至難の技なんです。

そこで作ったのが、「渋谷未来デザイン会議」という設立準備室でした。1年半をかけて、複数の民間企業、まちづくりの専門家、学識者たちと構想を共有し、資金や同士を集めました。

そして2018年4月、議会の承認を得て、ようやく「一般社団法人渋谷未来デザイン」ができあがったです。ここまでで2年ですね。もし他の人が担当したら、おそらく十数年かけてもできなかったんじゃないかな(笑)。僕はいま、日本で一番、民間企業とのコミュニケーションや交渉に長けた副区長だと思ってますから

日比谷:「渋谷未来デザイン」には、そうそうたる企業が参加していますよね。

澤田:はい。最新のテクノロジーやまちづくりに実績のある、そうそうたる企業がパートナーになってくれています。そうした企業のステークホルダー共感させるテクニックは、官だけの発想では難しいと思いますね。民間企業のほうが、経営力が優れているのですから。

行政は民間に対して、リスクではなく、常にチャンスを提示していかなければダメなんです。

数年前から、コンセッション方式やPPP(Public Private Partnerships)が注目されていますが、民間にリスクを押し付けているだけの不平等な官民連携の事業もあります。

行政が自分たちのリスクを低減させて、外部機関にリスクを負わせる、これでは対等な官民連携なんてできませんよね。

日比谷:澤田さんが、民間企業との関係を築いていくうえで特に気を付けていることは何でしょうか?

澤田:民間企業と行政が対等な立場でコミュニケーションを取るためには、ひとえに「社会課題を共有すること」が重要だと思っています。課題解決に向けて、民間企業・NPO団体のもつ技術をどう転用できるのかというグランドデザインを提示するんです。

民間が掲げるビジョンは、言ってみれば社会課題と同じ。今日よりも良い社会になるように、自分たちの技術やリソースを継続的に成長させよう、という趣旨がビジョンに込められていますよね。

だから行政も民間も、将来のビジョンは同じなんだ、同じ社会課題を共有しているんだということを対等に話せる関係構築が非常に重要になるんです。

行政もマーケティング組織である

日比谷:一方で、はじめて民間企業から副区長を迎えた職員のみなさんに、戸惑われたことはありませんでしたか? 内部に対してどのように澤田さんの考え方を伝え、浸透させていったのでしょう。

澤田:まず大前提として伝えたのは、行政職員の仕事は、民間でいうマーケティングと同じだということです。

なぜなら行政にもお客さまがいて、その課題を解決するためのニーズを探りながら戦略を組み、施策を考え、修正し、予算の最適化を行いながらPDCAを回していくのが僕たちの仕事。これって、マーケティングと同じなんですよね。

だから僕は一年目にマーケティング勉強会を月に1回開いて、職員の業務をマーケティングの単語に置き換え、「君たちのやっている仕事はマーケティングと同じだ!」と説明していったんです。

日比谷:お客さまとは、区民のみなさんのことですね?

澤田:そうです。ただ、僕は「区民」という言葉があまり好きではないんですよ。役所、つまり自分たちを上に見ている言葉ですからね。だから、基本的には「お客さま」と呼んでいます。

行政のサービスを利用していただいているという点で、区民はお客さまなんです。住民の方は納税したうえに、半強制的にその自治体のサービスを利用することになりますよね。だからこそ、行政のサービスは民間よりも洗練されていないといけません。

日比谷:ただ行政の仕事となると、民間の仕事と比べてターゲット層がかなり幅広くなりませんか?

澤田:行政も、内部ではいろいろな部署や課にわかれていますから。たとえばこども青少年課は子どもから成人までのお客さまと、その保護者がターゲットです。各課のお客さまは、完全にセグメントされているんです。

日比谷:なるほど、総合商社みたいなものですね。

澤田:サービスや製品の品質や付加価値を高めていくことは、行政においても同じです。そしてその仕事がいかにエキサイティングなものかということを、職員に理解してもらう必要がありましたね。

質の高い仕組みをつくり、それに対する説明責任を果たし続けなければいけない。だから逆に言うと民間よりも厳しい目で事業を洗練させ続ける、組織を形成させ続けるということが重要です。ここまでやればOK、というラインは永遠にありません。

日比谷:これまでその「説明責任」の一部を担っていたのは、区報などですね。

澤田:でも、実際はちゃんと全員に届いていなかったでしょう?その当時は新聞に折り込みしていたんだから。そんなバカな話はないよね。

情報は誰しもに平等に伝えられるものでないといけないので、全戸ポスティングに変えたんですよ。今の若い世代は、新聞を取っていない人が多いですからね。

Webサイトもすべてスマホファーストに変更し、渋谷区のローカルメディアとコンテンツ連携していくことになりました。将来的には、地域メディアやNPO等との協働型で広報コミュニケーション組織を運営していきたいと考えているんです。それが本当の「コミュニティメディア」のあり方じゃないかと思うんですよね。

日比谷:そうして、マーケティング視点から一つひとつの施策を見直しているのですね。

「公共」の仕事を“官”だけで担う時代は終わった

日比谷:いま僕自身も、企業と市民と自治体が対話し、渋谷の未来をつくる「渋谷をつなげる30人」のプロジェクトに参加させてもらっているのですが、渋谷区では、これまでの行政と民間企業、住民との関係を大きく変えようとしているのを感じます。

澤田:もはや、公共の仕事を「官」だけでやる時代は終わったと考えていて、その考えは正々堂々と地域のみなさんに伝えています。公共の仕事は、コミュニティで解決する仕組みを作っていきたいんですよね。

コミュニティができれば、そこでの体験価値が生まれ、そこからまたネットワークができて違うコミュニティが生まれる。

特に長谷部区長は渋谷生まれ・渋谷育ちだから、コミュニティに強いんですよ。そしてPRやコミュニケーションの力を信じている。そうして区民——つまり、お客さまたちと同じ目線で、同じ景色を見ようとしているんです。

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PR3.0 Conference 企業と「個」の新しい関係構築

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日比谷:こうした取り組みに注力する自治体や行政が、将来的に増えたらいいですよね。そのためには、まずどんなことを変えていけばいいでしょうか。

澤田:行政が決めたこと、結果のみを知らせるのではなく、ワークショップスタイルなどで、結果に至るまでのプロセスを共有するのが重要になりますよね。施策をトップダウンで伝えるのではなく、お客さまと一緒になって考える。

これまでのように“上下”の関係ではなく、常に“横の関係”を持つ。この関係が地域コミュニティを活性化していくための、行政・地方公共団体の理想的な姿だと思います。

日比谷:住民側にも、変わらなければいけないところがありますよね。たとえば「税金を払っているんだから、さっさとこの道路を直してください」などと要求をするばかりではなく。

澤田:もちろん直す必要があるものは直しますよ(笑)。ただ何もかもすべてを、クレームのようにつきつけるのはちょっと違うんじゃないかな、と思いますね。

何よりも、みなさんの税金は今より「未来」を作るためにあるもので、将来への投資のために使うものなんですよね。だからそのリターンをどう創出するかは、もっとKPI化して理解を求めていかなければいけない。

新しいことにチャレンジしようとすると、エゴとエゴがぶつかり合うんです。ですが、未来を作ることをイノベーションと言うなら、イノベーションに必要なのは“エゴ”じゃなくて“エコ”なんです。エコシステムをいかにつくるか。

日比谷:行政vs全住民、ではなく1対1で関係を作っていこうとする一方で、みんながエゴでコミュニケーションをはじめてしまったらパンクしちゃいますよね。もっと未来志向になり、みんなに社会にもう少し目を向けてもらったうえで、1対1の関係を構築していかなければいけないんですよね。

澤田:個人だけではなく、民間企業との関係もそう。最近ではひとつのソリューションを複数の会社で共有し、協働しながら事業モデルを成長させていくようなことが一般的になりつつありますよね。イノベーションを起こすためには、そうした多様性が欠かせません。

そうした変革を起こしていくために、私たちはこれからも、渋谷区として掲げている未来への基本構想を推し進めていきます。課題は、まだまだ山積みですからね。

パブリックとリレーションが取れる企業や行政が発展する

取材後、私たちの「Public Relationsは企業経営のあるべき姿だと考えている」という言葉に、澤田さんは「行政も同じ。“Public”とどう良好な関係を作っていくか、その原点に立ち戻ると、PRの役割はとても重要なものになる」と答えてくれました。行政は未来志向であるべき、という澤田さんの見解に触れ、私たちも改めて、未来志向型のパブリックの存在やリレーションのあり方について考えるきっかけをいただきました。(編集部)

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