「アイデアの出どころはどこでも構わない」ーーフラットな関係構築が発想力とチームワークを生む。H&Mジャパン・室井麻希さん

text by Yusuke Arai
photo by Yuka Uesawa

大企業――素晴らしい伝統や歴史、古くからの慣習があるからこそ、チャレンジに二の足を踏んでしまいそうな、見えない大きな壁があるイメージ……。

では、海外に本社を置くグローバル大企業のPRパーソンは、国内外にまたがるステークホルダーとどのようなPublic Relationsを体現し、社内のみならず、国の壁までを越え、活躍できているのでしょうか。

今回は、1947年にスウェーデンにて創業し、世界69以上の市場で約4,700店舗以上を展開するファッションブランド、H&M Hennes&Mauritz Japan株式会社 PRコミュニケーションマネージャー・室井麻希さんをたずねました。

H&Mは、2008年9月に銀座に日本初出店を果たし、現在では誰もが知るファストファッションブランドの代名詞とも言える人気ブランドへと成長しました。世界共通でポジションの影響を受けず、フラットなコミュニケーションを取れる環境。それぞれがおもしろいと思うことを探究でき、それが理解される関係性。それはどのようなものなのでしょうか。

日本でPR部門をマネージメントする室井さんに、PRパーソンとしてのキャリアを踏まえたうえで、H&Mの社内外における関係構築のお話を聞きました。

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※ここでの大企業とは「資本金5億円以上、または(前身も含める)数十年の伝統や商材・ブランドを有する」と定義します。


Profile
室井 麻希さん  Maki Muroi

H&M Hennes & Mauritz Japan株式会社 PR コミュニケーション マネージャー
1980年生まれ。広告代理店でマーケティングに従事したのち、香港へ単身移住。2008年、野口美佳氏と出会い、株式会社ピーチ・ジョンでPRパーソンとしてのキャリアをスタート。2012年より、現職。


世界のファッション業界のPRをもっと知りたかった

― まずは室井さんのキャリアとPRとの出会いを教えてください。

室井さん(以下、敬称略): 私がPRに出会ったのは、株式会社ピーチ・ジョンに入社したときです。ビジネスから離れていた時期で、もう1度しっかり戻りたいなというときに、ピーチ・ジョン創業者の野口美佳さんと出会ったんです。

彼女は私の中高の先輩で、在学中からOGとして学校訪問に来られていて、おもしろい話をしてくれていたので、すごく印象に残っていて……。そんな彼女に面接気分で会いに行くと、「やる気ありそうだね」と言われて、話していたら「PRに向いていると思う! うちでやってみる?」って。

広告代理店で働いていた経験もあったので、マーケティングについては少し知識はあったものの、PRや広報についてはまったくわかっていなくて。でも、彼女のところで働けるんだったら!という気持ちで飛び込んでみました。それが、すごいおもしろい世界で……。

― ピーチ・ジョンでは、どのような仕事を担当されたのですか?

室井:一般的なファッションにまつわるPRを立ち上げていくのが最初の仕事でした。雑誌のタイアップや、メディアバイイングを含めて、PRとマーケティングを端から端まで経験しましたね。

ただ、インナーウェア中心のブランドだったので、改めて振り返るとファッションのなかでは特別なジャンルだったように思います。H&Mに来てからのほうが、もっと広い意味でファッション業界のPR活動にたずさわれているかな。

― H&Mに移ったのは、なぜですか?

室井:ピーチ・ジョンでPRにたずさわるなか、世界にはどんなPRの手法があるのか興味が湧きました。私は、PRかマーケティングかと問われたら、確実にPRの適性が強いと思っています。

それに、PRってローカル性が高い仕事だけど、日本のPRが世界の最先端を進んでいるかどうかはわからなかったんです。おそらく、世界のファッション業界でのPR活動のやり方を知っておいたほうが、もっともっと深くなれるなと思いました。

それで、声をかけてくれていたH&Mの社員に会いに行くと、話した人、一人ひとりが枠を気にせずに、権威的でもなくて……。この人たちと仕事をしたら、きっとおもしろいことができるんだろうなって強く予感しましたね。

フラットな関係構築がチームの力を生む

― 世界のファッションにまつわるPRを学びたくて入ったH&M。どんな第一印象でしたか?

室井:なかに入ってわかったのは、H&Mが打ち出すキャンペーンの中には、ダイバーシティや女性のエンパワーメントといった内側からのメッセージがあるということ。グローバルでテーマを設けていても、中身の解釈は国やマーケットによって異なる部分がある。それが大変さでもあり、おもしろさでもありましたね。

― 世界規模の企業には、本国の方針を曲げないところもありますけど、H&Mがローカルに合わせた調整を許せているのって、何に由来するんでしょう?

室井:H&Mはスウェーデン発の企業。ご存知かもしれませんが、スウェーデンは、もともとフラットな文化が根付いる国だからでしょうか。ローカルへの許容がとても広いんです。

― 年功序列みたいな慣例を残す日本でもフラットですか?

室井:最初、H&Mが日本に上陸したとき、暗黙のルールで、ファーストネームで呼び合い、敬語を使わないことで、その慣例を緩和しました。またH&Mにはフィードバック文化があり、たとえ社長だったとしても何か気づいたらフィードバックしています。

理想は日々のフィードバックですが、年に2回のチームへの評価の際には、各チームのスタッフがマネージャーに対してフィードバックすることからスタートします。日本人にありがちな「何も不満はないよ」は認められない。下からのフィードバックで3個以上やりづらかったことを記入するようになっています。

H&Mは、斜めからクリティカルな意見を言う人を尊重しているんです。企画案に対して「昨年も似ていることをやったよね」って言える人は重視される。だから、上司が言っていることだから誰も何も言えなくなるというようなことは起こりません。

「これがPR!」という枠は落とし穴

― 広報や、日常業務で、大事にしていることはありますか?

室井:一般的にプレスリリースや展示会を実施するという仕事は、PRとしてよくあるお仕事です。

でも、前やったことをそのまま繰り返すのはすごくつまらない。失敗してもいいから、新しいことをする、というのは大事にしています。新しいことをするから、みんなの経験値があがってくる。

だからって、おもしろい提案を常に待つわけではなくて、何か提案してもらえるような関係構築をしています。そして、それが広報施策っぽくなくても、否定するようなことは絶対に言いません。

あとは、一般的によくやっているようなことを黙っていつまでもやり続けていると、「本当に“イケ”てる?」ってチームの誰かしらに疑問が湧く。みんなファッションに興味がある分、流行に敏感なので“イケ”てるかどうか、新しいかどうかにも敏感だからかな。そして、常にみんな海外を意識して、その視点でおもしろい!と思えることをやるようにしています。

― 常におもしろさを探す視点が根付いていて、それを分け隔てなく提案しあえる関係構築ができていると、どのような効能をもたらしますか? たとえば、この1年で一番印象深い事例を、ぜひ自慢してください(笑)。

室井:ありがとうございます(笑)。人事から、H&Mのアルバイトを含む若手には優秀な子が多いっていう噂を聞きました。そこで、日本各地の店舗で働く、PRに興味があるという若手20名を集め、渋谷のショールームまで来てもらいました。そして、半日でPRのレクチャーやワークショップをしました。

そのときにPRチームのメンバーが全員一致で同じ子に興味を持ちました。当時大分でストアスタッフをしていた女性です。彼女はその当日、特に目立ったことをしていたわけでもないのですが、広報をしてきた私たちにとっては、まるでダイヤの原石。チームに採用しました。

その彼女と、もうひとり同い年の子がいて、ふたりには週に1回、新しく見つけたことを提案してもらっています。その中で、日本のみのコレクションをする機会があり、すごくおもしろいイベントのアイデアを出してくれたんです。

日本をテーマにパフォーマンスをしていたノルウェーのダンスグループの動画を紹介してくれたのですが、それがめちゃくちゃ格好良くて……。そして、あるファッション誌と一緒に、そのダンスグループのフィルムをつくりたい! とふたりが思ったんですね。特につながりもない中、若いふたりの頑張りで、ダンスグループの担当マネージャーにたどりつきました。

しかし、さまざまな条件が合わず、結局はNGになってしまった……。でも、ふたりのアイデアが本当に良かったので、私自身がどうしても諦めきれず、ふたりから提案があることを本国に伝えました。すると、パリで開催されたコレクションのショーで、世界中のメディアが集まるなか、そのダンスグループにパフォーマンスをしてもらうことになったんです!


▲実際のショーの動画

 

すごいでしょう?良いアイデアは、どこから出ようと良いし、関係ない! 本国のスピードも早く、提案の翌日に採用の連絡がきました。

結局、私はPRの専門性が高いとはまったく思っていなくて。ふたりのように感度の高い子たちがチームにいて、さらにチーム全体が良いプレーをしてくれて、「こっちにこんないいのがあるよ!」と伝えるのが私の役目かなって。

― 「PRの専門性が高いと思っていなくて」とおっしゃいましたが、それはどういう意味でしょうか?

室井:結局はグローバルのプロセス内で動いているので、どこで何を催すのかということは毎年のように決まっている場合が多いんです。でも、その中で常に初心者でいるというか。

ファッション自体を取り巻く状況や、格好良い!とされていることは毎日変わっている。私が少しくらい長く広報職に就いているからって、知ったかぶりをしたら終わりだなって、若手の子の話を聞いていて思います。

だから、できるだけ自分を真っ白にして、良い意見を潰さない!ということを大事にしているんです……。自分はプレーヤーをしているときに輝くタイプじゃないし、クリエイティブな発想もまったくできないから、それは得意な人に任せています。

― そういう意味では、こういったインタビューに答えること自体も、あまり良くないのかもしれませんね。言語化することになってしまいますもんね。

室井:そうそう(笑)。私のPR観を話してしまうこと自体、私にとって枠になってしまう……。定義をあえて示さないし、ないほうが可能性が広げられると思っています。

広報の仕事にフォーマットがあるとして、それを知っていることが経験者なのかもしれないけど、「この商品が出たから、はい、プレスリリースを送ります」「反響がいくつ取れたから、前より高くなってよかったよね」という枠のなかには、絶対落ち着きたくはないんです。理解されづらい部分ではあるんですけどね。

諦めないパッションは安室奈美恵さんにも伝わった

― H&Mという会社が、慣例や常識、経験といった枠を意識的に乗り越えていけるのは、室井さんのようにグループ企業間やスタッフ間をフレッシュにブリッヂする人がいてこそだと思いますよ。

日頃から、フラットにおもしろさを探求していける関係性がよどみなく流れているから、4月10日に読売新聞朝刊に掲載した安室奈美恵さんへのラブレターのような施策を打つこともできるんでしょうね。

室井:チームみんなの気持ちが表れている手紙だから、ラブレターと言ってもらえてうれしいです!

私たち自身でアピールしたいわけではないけど、安室さんとのキャンペーンも、外資系企業が取り組むことの枠には納まっていない。そもそもマーケティング担当社員が安室さんとやりたい!って言ったとき、正直に言って無理だって思ったくらいなんです……。

でも、その担当の彼女は本当に諦めることがなく、とにかく伝手を探していきました。やっとの思いで安室さんを紹介してくれることになるプロデューサーの方とつながり、彼女からは「とにかく安室さんにパッションを伝えてください」と言われました。まだ会うことはできないから、どうするか考えたときに、やっぱり気持ちを伝えるには手紙しかない!ということになりました。

そこで、社長とマーケティングマネージャーが書いた手紙をベースに、私が日本人アーティストの安室さんにもパッションを感じてもらえるようにトランスレーションをしました。というのも、海外の人はパッションを表すときに日本人からすると上から目線に感じてしまう。だから日本人向けの目線になるように、結構リライトしましたね。

社長自身に「予算は気にせず、本当に理想を提案してほしい。」と言ってもらえたからこそ、追いかけ続けることができた。安室さんとのキャンペーンは、H&Mにとっても夢のようなできごとなんです。

それもこれも、マーケティングの彼女が諦めなかったおかげです。

― その夢で、新しい学びはありましたか?

室井:マーケティングから「PRが成功したおかげで、広告を買う必要がなかったかも」って言われたんです。それって、すごいでしょう?

圧倒的な安室さんの力。外部の皆さんにもとても恵まれました。それにH&Mのみんなの想いを重ねただけで、PRが素晴らしいことをしたわけでは決してないんですけど、それでも広報がこれくらい効果を発揮すれば、広告もいらなくなるかもという感覚は、はじめて。勉強になりましたし、おもしろかった。

ファッションの自由さにはもっと可能性がある

― 個人は自発的な探究心に委ねてのびのび働けると思う一方で、主体性を持ったり、おもしろさを探し求めたりする動機さえも、すべて個人にゆだねてしまうことに不安はありませんか? それぞれで動くあまり、玉虫色になりすぎて、H&Mのカラーが見えなくなるリスクを産む気がします。H&Mらしさを意識づけるためには、何か必要だと思うんです。

室井:H&Mには7つのバリューがあります。社訓ではありませんが、何かあった場合は次の7つの価値観に立ち返って評価することになっています。

① ひとつのチーム
② 人を大切にする
③ 起業家精神
④ 確かな進歩
⑤ コストコンシャス
⑥ 率直かつオープンマインド
⑦ いつもシンプルに

基本的に、この価値観と重なるポテンシャルを持っている人たちを採用しますし、入社後も継続して共有するので、フィードバックひとつを取り上げても、この7つの価値観に基づいて投げかけられていくんです。

この7つの価値観でつながっているから、はじめて会ってもH&Mの人だもんねって共通認識で会話が弾みます。もちろん国の文化や宗教といった風習は尊重したうえですよ。

― なるほど。世界的な大企業にもかかわらず、ポストの力学を利用しないで、個人の好奇心を最大化しつつブランドも築けるのは、H&Mという会社自体が枠の機能を果たしているからなんですね。まるで国の法律みたいに。

最後に質問します。H&Mで、室井さんはこれから何をしていきたいですか?

室井:あの……ファッションは好きですか?と質問をされたら、私より好きな人ってたくさんいると思います。私は特別におしゃれでもない。でも、ファッションの何が好きかって、自由さなんですよ。

H&MにはLGBTの社員もいますが、すごく生きやすそうで、日本とは真逆だなって、見ていて思います。それはH&Mだからじゃなくて、ファッションに自由さがあるから。マイノリティを生きやすくすることに貢献できているんだろうって。

それは私自身のテーマとして、ずっと追い求めていくんじゃないかな、これからも。

「Public Relationsとは」をあえて定義しないこと

「私が少しくらい長く広報職に就いているからって、知ったかぶりをしたら終わり」

「できるだけ自分を真っ白にして、良い意見を潰さないことを大事に」

「PR観を話してしまうこと自体、私にとって枠。定義をあえて示さないしないほうが可能性がは広げられる」

突き刺さりました。

フラットな関係だからと言って、“慣れ合い”になる訳ではない。フィードバック文化によって、“腹を割った関係”でお互いを理解しているから、信頼関係も生まれています。

大企業の壁。彼女のパーソナリティな部分や企業文化も影響はしていますが、大前提には仕事を定義せず、枠組みを決めないようにしているから、そもそも彼女に壁は見えていません。あとは、アイデアを出せる環境を整え、小さなつぼみも摘み取らないだけ……。

これはH&Mだから、グローバル企業だからなされる関係構築なのでしょうか?

こんな企業が日本でも増えていくと、もっともっと柔軟なアイディアが生まれて、より社会がおもしろくなっていくんじゃないかなと思います。(編集部)

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