新しい雇用形態のあり方が提唱された書籍『ALLIANCE アライアンス―――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』が刊行されたのは、2015年のこと。

「会社と個人の間に、フラットで互恵的な信頼に基づくパートナーシップを築こう」という考え方は、刊行当初は目新しく映ったものの、激しい時代の変化とともに少しずつ受け入れられてきているのではないでしょうか。日本の労働市場の変遷をひも解きながら、企業と個がこれからの未来にどのような関係性を築いていくことが求められていくか、私たちはいま一度考える必要があります。

今回は、PR Tableの取締役の菅原弘暁が、『ALLIANCE』の監訳を務められた篠田真貴子さんとの対談を通じて、労働市場の変化や企業と個人の関係性の未来を探ります。


Profile

篠田真貴子 Makiko Shinoda
慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年10月に(株)ほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)に入社。2008 年 12 月より 2018 年 11 月まで同社取締役CFO。現在は、充電中。「ALLIANCE アライアンス―――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用」監訳。

菅原弘暁 Hiroaki Sugahara
1988年生まれ、神奈川県出身。2011〜2015年、大手総合PR会社(株)オズマピーアール、内1年間は博報堂PR戦略局に在籍し、外資スポーツメーカーから官公庁、リスクコミュニケーションまで、幅広い広報業務を担当。その後、国内最大級共創プラットフォームを運営する会社でPR・ブランディングに従事し、2015年9月より(株)PR Tableに参画。PR・広報やHR領域などのセミナー・カンファレンスに多数登壇する。


法人と個人が「個」として向き合う

篠田真貴子さん(以下、篠田):この書籍の中で言っていることのひとつに、会社もひとつの人格と捉えて、会社と社員という関係性ではなく「それぞれ固有名詞で付き合っていこう」という考え方があるんです。

菅原弘暁(以下、菅原):僕も以前から法人格=人格だと思っていました。うちの会社は「PR Tableくん」と呼んでいて、代表の大堀や僕ではなく、PR Tableくんの声を第一に考えています。僕もPR Tableくんの言っていることを理解し、同意している人間のひとりという位置づけです。

篠田:PR Tableくんという表現は、社内に浸透しているんですか?

菅原:浸透させるよう、評価システムなどにも連動させています。会社と社員の関係を恋愛に例えると、PR Tableくんと付き合いながらいろいろな人とデートに行っていいんです。

端的にいうと、副業はもちろんOKだし、いつでも転職活動していいよ、と。どちらのデートが楽しいのか比べてもらったほうが良いと思っていて。逆に一生PR Tableくんと暮らすつもりだと、その人はたぶん怠けると思うんですよ。化粧もしなくなるし、太る(笑)。その状態で別れたら、モテないですよね。それは個人のキャリアとしてとても不幸なことだと思っています。

篠田:なるほど。私は30代まで、転職する気がなくても年に1回はヘッドハンターさんとお会いしていたし、他社の選考を受けたこともあります。それって菅原さんの例えで言うと「自分の化粧が通用するか」をちょっと見に行っていたのと同じですよね。

そうすると自分がなぜ今この会社にいたいと思っているのか、改めて自覚的になるので良いんですよ。例えば名前の知られた会社の面接を受けてみて、ピンとこないこともあるわけです。あの人(=会社)はモテモテだけど、私のタイプじゃないんだ、やっぱり私はこっちの素朴な人(=今の会社)が好きなんだと安心して、自分の仕事に改めてコミットする気持ちになっていたことを思い出しました。

菅原:面白いですね。モテる個人が増えると、会社側も襟を正すというか。付き合い始めたからといって、ずっと愛されるわけではないと気づくと思うんですよね。

アライアンスって従業員になる前から始まるので、採用面接は特に大事だと思っていて。僕は面接で必ず「絶対に他の会社も受けてほしいし、内定をもらってきてほしい。今の会社に残る選択肢も残しておいてほしい」と伝えています。

いろいろな会社から好きだと告白されて(=内定獲得して)、最後に選ぶのはあなた(=個人)であってほしい。企業側も選んでいるんだから、候補者側だってやっていいんです。そのほうがフェアですから。

篠田:キャリア感も似ていると思います。1社目で入社して終身雇用で定年まで勤めるのは、言ってみれば初恋の人と結婚して一生添い遂げるのと同じ。それはそれで素晴らしいし、否定することではないけれど、それしか選択肢がなかったらキツいですよね。

初めて付き合う人と、必ずしも結婚するわけではないからといって、適当に付き合うわけではないですよね。初めてかそうでないかに関わらず、毎回ちゃんと真面目に付き合うと思うんです。「もしかすると、この人と一生添い遂げるのかな」と思う時期も当然あるんだけど、多くの場合は別れて、また次の恋人と出会う。それを何度か繰り返すうちに自分の好みがわかってきて、生涯のパートナーといずれ出会うわけです。これって仕事選びと同じだなと思って。

ヒエラルキーと互いにケアする価値観のバランス

菅原:篠田さんから見たアライアンス的な日本の大企業って、具体的にありますか?

篠田:本が出た2015年当時、ベンチャー企業はほとんどアライアンス的だったと思います。でも大企業となると、私の知っている範囲ではリクルートくらいしか思いつかなかったんですよね。リクルートはもともとベンチャーだったので、いわゆる明治時代や戦後に創業したような大企業とは違うんですが。

菅原:リクルートは仕組みとして、アライアンス的なことをやっていますよね。

篠田:リクルート出身で成功した人は、30代のうちに独立している人が多いんですよ。リクルート出身の友人に聞くと、制度的にも独立を支援するようなものがあって。しかもリクルート側は正式に組織化しているわけではないのに、リクルート出身者は「元リク」と呼ばれる風土が定着していますよね。

菅原:学生の中には、リクルートに入りたい理由が「元リクになりたいから」という人もいますよ。ある意味、「○○大学卒」と同じような位置づけなんです。リクルートに限らず、1社目で何となく自分の実力を知って、スキルをつけるために2社目で何を学ぶかを選ぶ。そんな時代になりつつあるのかもしれませんね。

篠田:本にも書いてありますが、「人と人との関係」をどう捉えるかという価値観が、変化してきているんだと思います

企業や家庭、地域社会において、あらゆる関係性をヒエラルキーで捉えるような価値観は、もはや古くなりつつあります。

かつてのビジネスシーンでは、どちらが強いかを競うような闘争的なヒエラルキーに寄っていました。「発注側が偉い。なぜなら金を出すから」といった、お金がパワーの源になっている上下関係という価値観が当たり前でしたよね。それが最近になって、互いをケアし個として尊重し合うという、人間が本来持っている本性に沿う形でリバランスされつつあると感じているんです。

菅原:ヒエラルキーの話でいうと、もし発注側が偉いと思うなら、その分責任を持つべきです。特に企業と個人の関係性では、いくら「個の時代」といえども何かあったときに絶対に個人が不利になってしまう。スターウォーズに例えるなら、関わる人を「暗黒面」に落としてはいけないと思うんです。強いフォースを持っていれば持っているほど。

篠田:そうなんです。性悪説をベースにした「人は放っておくと暗黒面に落ちるからルールで縛る」「落ちた人間には懲罰を与える」といったやり方は、先ほど言ったヒエラルキーありきの価値観。暗黒面に落ちる可能性は誰しもが持っている弱さだと考え、お互いにフォローし合うという世界観が、人間の持つケアし合う本性みたいなものかなと。

あらゆる職種の人とアライアンスな関係は築ける

菅原:ルーティーンといいますか、定型業務を担う人たちともアライアンス関係は築けると思いますか?

篠田:本でも軽く触れていますが、できますよ。アライアンスは、あらゆる職種に適用できる幅広い考え方だと思います。

先ほど菅原さんから、1社目で実力を知り、2社目でスキルを身につけるという考えがあると伺いましたが、アメリカの大企業ではむしろそれが一般的です。企業側は終身で面倒を見なくてもいいし、若手に担ってほしい仕事はたくさんある。社員側は社会人としての基礎を教えてもらえるし、先ほど言ったように初恋の人と添い遂げるしか選択肢がないというのはキツいので、お互いにメリットがあるわけです。

これはシリコンバレー的な企業だけに限らず、アメリカの大企業はだいたい同様の考え方です。3年ほど大企業で働いた後、ビジネススクールやロースクールに通う人、今度はウォール街で頑張る人、海外に行く人など、本格的なキャリアがそこから始まるようなルートができているんです。

アライアンスはいわゆる経営人材や投資銀行出身者など、特殊なプロフェッショナルだけの話ではありません。職種問わず多くの人がアライアンス的な世界観に進む予兆が、まさに2019年にトヨタのトップや経団連の会長が「終身雇用は難しくなっている」と発言したことに象徴されているのかなと。

菅原:ルーティン業務を担う人たちにもアライアンス的な考えが入ってくるというのは、かなり大きな変化ですよね。

篠田:ルーティン業務の多い管理部門の例でいうと、終身雇用前提の会社には過去の風習で、無意味で非効率な手順を温存しているようなケースが多々あります。そこに他社で経験を積んだ人が入ってくると「前の会社では1回で良かったんですが、なぜ2回チェックするんですか?」みたいなことを素朴に質問してくれる。そういう積み重ねで業務が改善されるんですよ。そのレベルの変化から、大企業が大きく変革していく動きにつながるはずなんです。

菅原:それはすごく面白い。ルーティンに変革が起きるのは、一番インパクトが大きいんですね。

篠田:ほんの数%の変化でもいいんです。大企業や組織のマインドセットが変われば、それが日本企業全体としての在り方に影響するはずですから。大企業が変わることで、法規制を含めた日本全体の変化に及んでいく。だから数%の変化にも、私は注目しているんです。

菅原さんがおっしゃる価値観の変化――よりフラットに変化していくという状況は、もはや当たり前になりつつあります。それを当たり前だと認識している人たちが、そろそろ大企業でも管理職に就き、現場の意思決定をするようになる。彼らにとっての当たり前がアライアンス的な世界観になれば、間違いなく日本全体がそうなっていくはずです。

菅原:日本全体となるとハードルが高そうに感じますが、本当にできますかね?

篠田:できると思いますよ。今は「終身雇用がなくなる=ネガティブなこと」という風に捉えられていますが、若手の人たちはもはや転職前提に自分のキャリアを考えている人が多いですよね。

実はアメリカでも、1960年代は終身雇用が一般的だったんです。その後、1970年代に終身雇用制が崩れたときに、今のような完全な契約関係が残ったんですね。個人的な信頼関係については持ち込まない、という方向でした。でも、それでは長期的に物事が考えられないし、企業のあるべき姿としてどうなのか?と述べているのがこの本なんです。

今の日本は、まだ終身雇用がギリギリ残っている状態。でも今のままではアメリカが50年前に通った道――個人との信頼関係は崩れ、雇用契約関係だけになってしまう、という道を辿ってしまう可能性があります。それはとてももったいないことですよね。一定の信頼のもとで、採用を含め「互いに失敗もあるけれど、また道が交わったらいいですね」と前向きに別れることを前提に出会えるようなアライアンス的な世界観。日本はそこに直接向かえるはずだと思うんです。

菅原:日本が直接向かえるというのは、時代や環境が関係するということですか?

篠田:アメリカで企業と個人の信頼関係が崩れたのは、インターネットのような繋がりがなかった時代です。でも今は、誰もがフラットにネットワークし続けることが可能な社会ですよね。その中で終身雇用の崩壊が起きているわけですから、日本でアライアンス的な世界観を実現することは可能なのではと考えています。

たとえばSNSのプロフィールは、アカウントをつくったばかりの中学生のページも、それこそトヨタのような大企業のページも、同じサイズ・デザイン・情報量ですよね。インターネットは世界をフラットにするものだという認識は以前からありましたが、ユーザーが直面するデザインが視覚的に、明確にフラット。だからこそフェアだし、有する情報は大企業でも一個人でも、一義的な意味で重みに差はありません。

菅原:確かにそうですよね。『ALLIANCE』が刊行されて5年経ちますが、官公庁や大企業が変わり始めたと感じられたのはいつ頃ですか?

篠田:2年ほど前からです。本が出た5年前にはまだ見えていませんでしたが、特に象徴的だったのが先ほど挙げた「終身雇用はもう無理だ」と経団連のトップがはっきり発言したことです。10年前からわかっていた事実ではありましたが、明確に経営の責任者が口に出されたことで潮目が変わった感がありましたね。

アライアンスの時代に、企業やPRパーソンに求められること

菅原:今後のPRパーソンは、アライアンスを「どう使っていくか」も問われていくはずだと僕は考えているんですね。中でも、アライアンスと親和性が高いのが「広聴」という言葉だと思っています。

篠田:広聴。初めて聞きました。

菅原:「広く聴く」という意味で、もともと広報とセットで使われる言葉だったんです。広報は広く知らせるだけでなく、広く聴くのが本来の姿。今は自治体などに「広報広聴課」みたいな形で名前だけ残っているんですが、おそらく企業にも広聴の機能はあったはずです。

でも、いわゆる宣伝やプロモーション要素が加わったことで、広報の中での広聴の意味がどんどん薄れていったんだと思います。僕は広報とパブリックリレーションズは別物だと思っていて、広報広聴のほうがどちらかと言うとパブリックリレーションズに近い。

篠田:リレーションズって関係づくりだから、聴くことが必要なんですね。伝える・聴くの双方向じゃないと関係はつくれない。

菅原:日本で唯一、PRで博士号を持っている井之上喬先生がおっしゃっているのは「パブリック・リレーションズ(PR)とは、個人や組織体が最短距離で目標や目的に達する、『倫理観』に支えられた『双方向性コミュニケーション』と『自己修正』をベースとしたリレーションズ活動である」ということ。自己修正って、やはり広聴しないとできないんですよね。

経営陣だけでなく、企業も個人もアライアンス的な働き方をするなら、個人側も社外の声を聴く――例えば家族や友人から、自分がどう見えているかを知ることが求められるはずですよね。

篠田:そうですね。「聴く」ことにはすごいパワーがあるのに、あまり認識されていないと感じています。ヒエラルキーがある状態だと、聴かなくてもいいんですよ。上の命令を下の人は理解できればいいので、関係性をつくる意味での「聴く」必要はないんですよね。

でもアライアンス的なフラットな関係になっていくためには、相手の個を理解してリレーションを築くことが求められます。アライアンスの世界観を実際に企業内で実装していく際、「聴く」ことが基本動作になっていくと思うんですよ。

菅原:「聴く」って実はすごい高等技術ですよね。黙っていても答えてくれるはずがないし、お互いの関係がフェアじゃないと出てこない言葉もあるし。

篠田:「聴く」ことが難しくなっている理由のひとつに、訓練を受けてきていないことがあるなと思っていて。私もそうですが、学生時代から基本的にアウトプットのトレーニング――どうやって伝えるか、どうやって書くかを訓練し続けてきているのに、どうやって聴くか、聴いた内容をどう解釈するかのトレーニングはほとんど受けてきていないんですよね。それも今後変わっていくとは思いますが……。

菅原:人事の世界で1on1が普及しつつあるように、みんな無意識のうちに「聴く」ことの重要性を感じ取っているのかもしれませんね。とはいえ、僕自身まだまだ「聴く」技術が全然足りなくて、1on1がただの進捗管理になっちゃうことが多かったんですよ。もちろんそれも大事なんですが、「聴く」ところまで至らなくて。

菅原:『ALLIANCE』を読んで、唯一実感できなかったのがアルムナイの部分なんです。そもそもこれまでに退職した人間が少ないこともあって、いつかまた合流するだろうと思っている人が、実際戻ってきたという明確な成功体験がない。理解はできるけれど、実感が持てなくて。

もしかしたら、その社員が戻ってくるのはPR Tableではなく、PR Tableで一緒に働いていた人が起業した会社ということもあり得ますよね。となると、本に書かれていることから、さらに一歩進んだ世界になる気もするんです。企業と従業員の関係性だけでなくなるというか。

篠田:企業も従業員も含む、より大きなネットワークみたいなイメージですよね。単に企業とその卒業生だけで閉じない、より広いネットワーク感は確かにある気がします。

菅原:新しい関係性というか、生態系のようなイメージなのかな。その生態系の構造を理解したうえで、どの部分を変えたら他も巻き込んでいけるのか考えると、その鍵になるのはおそらく企業側で、中でもPRパーソンだと思うんです。関係性はより複雑化しているけれど、ドミノの最初の1枚を倒したら、一気に変わるはずで。

篠田:そうですね。変化するエネルギーが、だんだん充填されている感じがしています。良い方向に変わるためにもPRパーソンをはじめ、個人も企業も「聴く」ことが本当に求められますね。横文字でパブリックリレーションズと言うより、「広報広聴」と表現したほうが、何をすべきか、何が大事なのかを正しく捉えられる気がします。今日は良い言葉を教えてもらいました。

アライアンス的な世界観への変化は、もう目の前に迫っている

「終身雇用が当たり前でなくなった」と聞くと悲観的に感じられますが、企業は人材の流動化によって得られる知見が増え、個にとってもさまざまな選択肢を探す機会に恵まれるという、双方にとってメリットがあるものと思えます。そのときに必要なことは『ALLIANCE』でも語られているように、それぞれが“フラットな”関係性であること。この価値観がさらに浸透していくことで、私たちはより健全な関係を築くことができるようになると感じました。(編集部)