2019年12月12日で創業5周年を迎えたPR Table。人が年を重ねるとともに考え方や性格を変えていくように、PR Tableの性格も”大人”へとアップデートしていこうという考えをもとに、取締役・菅原弘暁がさまざまな方との対談を通し「多様性」を学んでいくという企画を立ち上げました。

第1回の対談相手は、Twitterのフォロワー数が12万人を超えるインフルエンサーの5歳さんです。愛妻家としてさまざまなメディアでコラムを多数執筆し、日頃から女性が抱える問題に寄り添う5歳さんが考える、これからの「男らしさ」「女らしさ」とはどんなものなのか? ハラスメントや#MeeToo運動、ルッキズムなど、ジェンダー問題による社会の分断がクローズアップされるようになった今だからこそ話したいテーマをぶつけてみました。


Profile

5歳
ライター。嫁と2人の息子。半径5メートルの生活を呟き続けています。
ツイッターはこちら→@meer_kato

菅原弘暁 Hiroaki Sugahara
1988年生まれ、神奈川県出身。2011〜2015年、大手総合PR会社(株)オズマピーアール、内1年間は博報堂PR戦略局に在籍し、外資スポーツメーカーから官公庁、リスクコミュニケーションまで、幅広い広報業務を担当。その後、国内最大級共創プラットフォームを運営する会社でPR・ブランディングに従事し、2015年9月より(株)PR Tableに参画。採用やPR、広報などのセミナー・カンファレンスに多数登壇する。


「おとこ気」と「男らしさ」はまったくの別物である

―今回お話いただきたいテーマが、「令和における男らしさ、女らしさ」です。というのも、5歳さんはTwitterで愛妻家アカウントとして活躍され、最近では生理コラムを執筆される域にまで達しています。一方PR Tableでは、会社の性格をどちらかというとマッチョイズム寄りに設定しているという点で、ぜひ菅原とお話していただきたいとつねづね思っていたんです。

菅原弘暁(以下、菅原):たしかにPR Tableはマッチョイズムな側面があります。そういった会社の性質を踏まえ、僕個人の考えを話していいですか? 令和において、男らしさ/女らしさというものを語る上では、フィジカルとメンタルを完全に切り分けられた方がいいと考えています。まずフィジカル面でいうと、やっぱりまずは理解するところからすべてが始まる。先日行われた「Ladyknows FES」のようなイベントに、男性から積極的に参加するべきだと思っています。 

5歳さん(以下、5歳):僕もイベントに参加していて、そこで初めて菅原さんとお会いしたんですよね。

 菅原:そうでしたね。一方メンタリティについていうと、極論、そこに男らしさ/女らしさというものはなくていいと考えています。僕は仕事を通して、「男の中のおとこ」「女の中のおとこ」というものが存在することを日々感じています。ここで言う「おとこ」は「漢」のことで、「勇敢な人」みたいなイメージで使っています。

―なるほど。一方で5歳さんは、コラムなどでも割とはっきり男女の差異を打ち出されているイメージがあるのですが、いかがでしょうか。

 5歳:うーん、僕はやっぱり男らしさ/女らしさってあるんじゃないかと思っていますね。一方で、今菅原さんの言った「漢」という感覚もすごくよくわかる。女性の中にも「おとこ気」って絶対にありますからね。ライターとして仕事をする上で、不快に感じる人がいるのであればやっぱり「らしさ」みたいな表現は使いたくないとも思っています。言葉を変えることによって、世の中が少しずつ変わっていくことって絶対にあると思うし。

菅原:そうなんですよ。おとこ気を「男らしさ」、その逆の性質を「女々しさ」みたいに表現をするからミスリードが生まれてしまう。もっと別の言い方があれば問題にはならないかもしれないのに。

5歳:そういうミスリードが導く論争って色々あると思うんですけど、例えば「奢る/奢られる論」。僕、人にすぐ奢っちゃうんですよ。相手は男女関係なくて、僕としては昔流行った「おとこ気じゃんけん」みたいな感覚なんですよね。ここは俺に奢らせてくれよ、っていう。もしかすると菅原さんも同じタイプじゃないですか?

菅原:同じタイプです。損得関係なく、奢った方が気持ちいいんですよね。奢ることで、徳が積み上がる気がするんです。

5歳:先日Twitterで盛り上がっていたのが、「女性に奢るという行為は、女性を下に見ている」という議論。それを見たときに、「ここまで考えて行動しなくてはいけないんだな」と驚きました。僕がなぜ人に奢っているかというと、若い頃に奢ってもらった体験が数え切れないほどあるからです。それを今返したいだけ。もし将来、奢るという行為自体が「対等ではない」という風に見なされてしまうのかと思うと、ちょっとしんどいと感じます。

菅原:あくまで奢る人と奢られる人の関係性ですよね。僕は「おとこ気の譲渡」と呼ぶんですけど、おとこ気というのは義務ではなく権利であると思うんです。誰かに奢られたということは、自分も誰かに奢る権利を授かったということ。だから会社でも、部下に「奢っていただいてありがとうございます」と言われたら、「僕が奢ったお金で若いヤツに奢れよ」と言っています。それを循環させてくれる相手にはどんどん奢りたいし、循環を止める相手にはもしかすると躊躇してしまうかもしれない。

知ること知ってもらうこと、双方向の努力が必要

―5歳さんは生理管理アプリで「男が語る生理について」というコラムを書かれていますが、きっかけはなんだったのでしょうか。 

5歳:まずは男性の立場として、まわりに知ってもらうことが大切だと考えたんです。僕自身は、生理前になると必ず嫁が豹変することをきっかけに生理について学ぼうと決心したんですけど、やっぱり女性の抱える問題を知らないまま生きている男の人ってどうしても多い。女性が100パーセントのコンディションで過ごせる日ばかりではないということを理解さえしていれば、伴走することができるじゃないですか。純粋に女性に優しくした方がモテるとも思っていますしね。

菅原:相手を知ることは大前提として必要ですよね。ただその前に、自分のことを知ってもらおうと努めること=自己開示も重要だと僕は思います。最近PR Tableでは全社員を対象に「サシ飲み制度」を導入したんですが、その目的は自己開示せざるを得ない空間を作ることなんです。

5歳:ユニークな制度ですね。

菅原:「相手が自分のことを理解してくれない」とよく言いますけど、ではその前に自分は知ってもらおうと努力したのか?と。このイタチごっこを断ち切るためには、まず自分から開示してもらうのがベストではないかと考えました。

5歳:いいですね。いわゆる「飲みニケーション」って、ひと昔前のコミュニケーションだと思われていますけど、結局一番意思疎通ができる場だったりする。大企業でやろうとすると難しいけど、PR Tableさんくらいの規模だとすごく有効だろうな。経営者としても社員同士の関係性にまでは介入できないから、そこはもう制度を敷いてサポートする、と。……こういう話になると、もはや男とか女とか関係なく、すべては人間同士の問題だなって思いますね。

菅原:本当にそうだと思います。

5歳:経営をされていて、「男性社員と女性社員に差をつけない」ということを日々考えていらっしゃると思うんですが、だとしてもやはり女性には大変な時期もある。そんなときは会社としてサポートする、ということが当たり前の世の中になったらいいですよね。僕が願うのはただそれだけなのに、こちらが寄り添いたいと願っても、一部のフェミニストの人たちにファイティングポーズを取られてしまってなかなか近づけない。

 ―ちなみに菅原さんは普段、「女性に優しくあらねば」という意識ってお持ちだったりするんですか? 

菅原:もちろんあります。が、僕は女性以外にも優しくしているつもりです。例えば「女性だから重いものを持ってあげよう」という感覚と、「外国人観光客だから道を教えてあげよう」という感覚は同じです。「生理だから休みたい」と「お腹を壊しているから休みたい」、これも同じです。パフォーマンスを発揮できないならば休んだ方がいいんじゃない?ということですよね。ちなみに僕は健康優良児なので、生理の時の女性の気持ちがわからないというより、そもそも体調が悪い人の気持ちがあまりよくわからない。

5歳:僕も同じです。だから本当の意味では共感できないんだけど、相手の気持ちを思いやることはできると信じている。

菅原:人って本当の意味で、相手の立場に立つことはできないんですよね。だけど、もし自分が相手の立場になったらどうなのか?と想像することはできるし、相手の立場を「どんな感じなの?」と尋ねることもできる。そこは努力だと思います。ただ、一方的にズケズケ聞くのは無粋なので、僕はまず自分の立場を開示しますね。

5歳:Twitterの炎上も、相手の立場を想像することなく、何も考えずに発せられた言葉が引き起こすものだと僕は思います。本当に思考した上で発せられた言葉は、まず炎上することがない。

炎上するのは、文脈を持たない言葉や行動

―5歳さんも菅原さんも、Twitterでの振る舞いを見ていると、とても慎重に言葉を選ばれているように思います。そして炎上もしていない。

菅原:別にすごく時間をかけてつぶやいているわけじゃないですけど、感覚的にボーダーラインが見えていて、それを踏み越えないようにしているのかもしれません。

5歳:僕、炎上しないんですよね。僕がつぶやいても炎上しないことを、別の誰かがつぶやいたら炎上するという状況が往々にしてあるんですが……。そういう点では、「この人の発言ならば大丈夫」と捉えられていると感じます。僕、飲み会の席では下ネタも結構バンバン言いますからね。

―女性がその場にいても、ですよね。結構ギリギリじゃないですか……?

5歳:目の前の人が本当に笑ってくれるかどうか、不快にならないボーダーラインを見極めていますから。例えばリリー・フランキーさんってどぎつい下ネタを言っているけれど、許されているじゃないですか。それは誰もが、彼が決して人を傷つけたり貶めたりしようとしていないと知っているからだと思うんですよ。

菅原:「リリー・フランキーだから大丈夫」ではなく、「リリー・フランキーがどんな文脈を持った人間なのか」「これまでにどんな行動をしてきたか」ということが大事なんですよね。そこで信頼を勝ち得ているから下ネタも許される。それにリリー・フランキーさんのような人は、下ネタが苦手なタイプの女性の前では決して下ネタを言わないと思う。

5歳:「下ネタが悪い」という一方的な思考は、言葉をそのままテキストに起こして「これはよくないですよ」と言っているようなもの。それは誤ったフェミニズムですよね。言葉狩りじゃないけど、すべてをマニュアル化するのはナンセンスです。「初めてのデートでサイゼリヤに行くのがいいか悪いか」みたいな論争もそう。僕なんて結婚したてのデートはお金がなくてマクドナルドばっかりだったけど、「二人で食べるマック、美味しいね!」と言い合っていたのが今ではすごくいい思い出になっている。「サイゼリヤがダメなら、デニーズはどうなのか」って……。もうその議論、どうなのよって。

一人ひとりが自分のために生きることで、社会はきっとよくなっていく

菅原:ここまでの流れとちょっと矛盾するようなことを言いますが、結局は自分と、自分を取り巻く半径5メートルにいる人の幸せだけを願っていれば、それ以外の他人ともいい関係が構築できると僕は思っています。

5歳:確かに。マザー・テレサもどうすれば世界平和が実現できるかと尋ねられて、「家に帰って家族を愛しなさい」と言っていました。

菅原:なぜ人に優しくするのかといえば、極論自分のためだと思っています。優しくして相手に好かれれば、徳を積めて、最終的に自分が得をするから。もちろん誰かと接している時にいちいちそんなことを考えてはいないんですが、僕の場合、優しさはいつか返ってくるという成功体験が根底にはあります。

5歳:なるほど。ちょっと聖人君子みたいなことを言いますけど、僕は人の喜ぶ顔が見たいだけですね。人に何かをしてあげたときに「ありがとう」と言われたら、もうそれでオールOK。本当に省エネで人生が充実させられるタイプです。

―すごいですね……。

菅原:今の話を聞いて5歳さんを聖人君子扱いするのはちょっとミスリードかな、と僕は思います。言葉を選ばずに言うと、5歳さんはそういう癖があるんですよね。人が喜ぶ顔を見て自分が気持ちよくなっているという意味で、もしかするとSっ気が強いんじゃないかな。

5歳:そうかもしれない。自分の感情ではなくて、相手の感情が動くのを見て喜ぶようなところがありますからね。でもモチベーションなんて、それで構わないんですよ。フェミニズムがどうこうじゃなく、女性が快適に生きてくれたら僕が嬉しいし、そのための手助けになるのならばいくらでも書くよ、ということなんです。

菅原:みんなが自分のために生きることができれば、みんなが優しくなれて、生きやすい世の中になりますよね。

5歳:そう。人は一人では生きられないことを知った上で、自分を一番大切にする。この二つが重なれば、絶対他者に優しくできるはずです。フェミニズムも#MeeTooもルッキズムも、その問題と背景にあるものをすべて知って、自分にどんな行動ができるのか考える。それがいずれは自分のためになって返ってくる。この議論はいくらでも難しく語ることはできますけど、もうそれが答えのすべてなんじゃないかと僕は思いますけどね。

菅原:同感ですね。僕も5歳さんもアウトプットする機会が多いから、その感覚が磨かれていったんだろうな、と感じました。アウトプットって自分の腕を思い切り伸ばすようなもので、伸ばしてみなければ自分の腕の長さなんてわからない。ここまで伸ばしたらぶつかるんだ、と他者の反応を見て気づくし、ぶつかった分だけ角が取れて丸い形になっていく。それを繰り返しながら、「こうすれば人を幸せにできるんだ」ということを日々学んでいるような気がします。今日はありがとうございました。

多様性のもとに、“個”の力がよりフィーチャーされる未来がやってくる

5歳さんと菅原が初めて顔を合わせたのは2019年10月、女性の健康と生き方をアップデートすることを目的に開催された「Ladyknows FES 2019」のイベント会場でした。もともと二人を引き合わせたいと考えていた編集部員とともに、そのまま居酒屋へ。直前まで聴いていた上野千鶴子先生によるトークセッションの感想を語り合ったことがきっかけで、対談が実現することになりました。

“マッチョイズム”と受け取られることを厭わず自社を表現するPR Tableと、もともとフェミニズムに理解の深い5歳さん。相反する意見がぶつかり合うのでは?と予想していたものの、意外にも話は共感に溢れるかたちで進みました。これから先、「男らしさ」「女らしさ」の境界線は徐々に曖昧になっていくはず。長い間この概念にとらわれ生きづらさを抱えてきた私たちは「多様性」のもとに解放され、より一層“個”の持つパワーが尊重される時代がやってくる。そんな希望が垣間見える、賑やかで熱い対談となったのでした。(編集部)

 

———————————–

▼最新のカンファレンス情報はこちら

——————————